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フォトン計測・加工技術の研究開発/
高集光完全固体化レーザー技術

波長変換特性に優れた、全固体紫外レーザー光源を世界で初めて実用化

大阪大学・株式会社光学技研

取材:December 2013

INTRODUCTION 概要



エキシマレーザーと比較して、エネルギー効率約5倍

私たちの身近にある各種デジタルデバイス、通信機器、自動車、医療機器などは、半導体集積回路(LSI)の高密度化・高集積化技術により支えられており、その半導体製造プロセスには、レーザーを用いた超微細な計測や加工が欠かせません。

現在半導体分野では、波長が短く、加工性・集光性に優れ、熱を発生させずに切断、加工、計測が可能な紫外線レーザーが広く求められており、半導体露光プロセスの際には混合ガスを用いたレーザー(エキシマレーザー)が主流です。

しかし、エキシマレーザーは、アルゴン(Ar)やフッ素(F)といった有毒ガスを用いており、装置の大型化とメンテナンスコストがかかるだけでなく、レーザーとしての品質が低く、エネルギー変換効率も低いといった問題があります。

そうしたなか、大阪大学の佐々木孝友名誉教授、森勇介教授らは、赤外光から紫外光への波長変換特性に優れた「CLBO結晶」を発見。さらに、それを実用化するため、NEDOの「フォトン計測・加工技術の研究開発」に参画し、高品質なCLBO結晶の育成技術を確立するとともに、神奈川県厚木市の株式会社光学技研と共に、結晶の研磨・加工技術を確立することで、従来のエキシマレーザーと比較して、エネルギー効率約5倍となる「全固体紫外レーザー光源素子(CLBO波長変換素子)」を世界で初めて実用化させました。

開発されたCLBO波長変換素子は、1996年4月から光学技研より販売が開始されており、固体紫外レーザーの世界市場において100%のシェアを誇っています。

BIGINNING 開発への道


半導体プロセスで求められる紫外レーザー光

高密度化・高集積化が進む半導体分野では、半導体露光プロセス、ウエハ検査、フォトマスク検査やプリント基板孔開(穴開け)などに高出力の紫外線レーザーが必要とされています。

紫外線は10~400nm(ナノメートル)と波長が短く、加工性・集光性に優れ、熱を発生させずに切断、加工、計測することが可能です。また、緑、青、紫と、光の波長が短くなるにつれてエネルギーが高くなることもあり、一度に大量の検査・加工を行う製造現場では、より高出力な紫外光が求められてきました。

現状、半導体分野で使われている紫外線レーザーは、ガスを放電させることで、その放電エネルギーで電子を励起させ(エネルギーの高い状態に遷移させ)、そこから元の状態に戻る際に放出されるエネルギー(発光)を使う「エキシマレーザー方式」が主流です。ガスとしては、KrFやArFが用いられており、それぞれ248nm、193nmという紫外光を直接発生させることができます。
(参照:「F2レーザリソ技術の開発」プロジェクト より微細な半導体デバイスを作るために、表面加工に欠かせないレーザー光源を開発 ギガフォトン株式会社)

しかし、放電による発光では連続的な繰り返し発光が難しくなり、レーザーとしての品質が低く、集光性も不安定になりがちです。また、エネルギーの変換効率も高くありません。

さらに、放電に使用するArやFなどの気体は有毒で、環境に放出されると非常に危険です。しかも、そうしたガスが金属部品を腐食させるため、装置のメンテナンスコストがかかるという問題もあります。

他方で、媒体としてガスではなく固体を用いるレーザーもあります。固体レーザーは、有毒ガスを放出せず、メンテナンスコストがかからない上に安全です。さらには、ガスを発生させない分、機器をコンパクトに設計できるというメリットもあります。

そして、なによりも重要なことは、エネルギーの変換効率が高く、高精度なレーザーを発生させられることです。光を絞ったり、広げたりすることが容易であり、加工や検査に使いやすいというのも大きなメリットです。

ところが、現存するNd:YAGレーザーなどの固体レーザーは、波長の長い赤外光のみしか放出できないことから、紫外線レーザーを使うためには、赤外光から紫外光への波長変換が必要です。

波長変換の例としては、Nd:YAG結晶を使ったレーザー(波長1,064nm)に対して、入射光の整数分の1となる波長の光を発生させることができる非線形光学結晶を使うことで、266nmや213nmといった紫外光に変換することができます。

そのためには、赤外光を紫外光に変換するのに適した複屈折(境界面で屈折する光が二つある物質)が必要ですが、従来はNd:YAGレーザーを効率よく変換できる非線形光学結晶が存在しませんでした(図1)。

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図1(上)直接紫外レーザー光を発生するエキシマガスレーザー。図1(下)赤外固体から紫外への波長変換。全固体紫外レーザーを実現するには、波長変換結晶が必要。赤外を緑色に、さらに紫外光へと波長変換する

全固体紫外レーザー実現には波長変換素子が不可欠

森教授らは、1993年、産業界が渇望する、この紫外線固体レーザーの実現に不可欠な波長変換素子を、偶然ともいえる状況で発見しました。

当時存在した紫外光を発生する非線形光学結晶として、LBO(LiB3O5/リチウムトリボレート)とCBO(CsB3O5/セシウムトリボレート)がありましたが波長変換特性は十分でありませんでした。これら2種類の全く異なる構造を持つ光学結晶から混晶を作製しようとした結果、「CLBO」結晶(CsLiB6O10/セシウム・リチウム・ボレート)を発見することになりました(図2)。

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図2 LBOとCBOを混ぜ合わせてCLBOへ。当時、紫外光発生の波長変換特性が不十分であったLBOとCBOを混ぜ合わせて作ったのが、新材料のCLBO結晶

LBOとCBOを混ぜ合わせたCLBO結晶は、LBOとCBOでは実現不可能な、266nm、213nmを発生することが可能だとわかりました。

ただし、セシウムには水と反応して溶けてしまう性質(潮解性)があるほか、結晶の歪みや割れが発生しやすいといった問題がありました。波長変換特性にすぐれた結晶ができたとしても、結晶内に歪みや欠陥があると紫外レーザー光が吸収され、熱が発生したり、結晶そのものが壊れたりしてしまいます。

CLBO結晶では、結晶欠陥の存在が一番の問題になります。そこで、森教授らは、NEDO「フォトン計測・加工技術の研究開発」に参画し、溶液攪拌法という新しい結晶育成方法を開発することで、欠陥を低減し、結晶の品質を向上させていきました。

結晶の品質向上に伴って、発生出力も大きくなっていきます。CLBO結晶を発見した当初は266nmでのレーザー出力は数W程度でしたが、2000年には23W、2003年には世界最高記録を大幅に上回る42Wを達成しました。また、レーザー損傷耐性が3倍以上向上するなど、産業応用への道筋も見えてきました。

研磨・加工のスペシャリストの手により実用化

CLBO結晶の実利用に向けた次のステップは、波長変換素子を作製するための「研磨・加工技術」の確立でした。CLBO結晶の表面加工は、いままで挙げてきたような特性から、その正確な加工が極めて難しく、高度な熟練技術が求められました。

その困難なチャレンジに名乗りを上げたのが、結晶加工技術を磨き上げることで半導体産業の急流を乗り越えてきた光学技研でした。

CLBOの発見から4年後の1997年、大阪大学と光学技研、さらにフォトマスク検査装置を開発する三菱電機株式会社が参加して、NEDOプロジェクト「フォトン計測・加工技術の研究開発」が始まり、結晶の産業応用への研究が加速していくこととなりました。

NEDOプロジェクト以降、大阪大学では、結晶のさらなる品質向上を追求する一方で、光学技研ではCLBO結晶の加工技術や加工方法の研究開発に取り組みました。

光学技研では、水分に弱い性質を持つCLBO結晶専用の低湿度環境ルームを整備、結晶をできるだけ水分に触れない環境で、整形から研磨、仕上げまで、高精度の加工を実現できるようにするなど、独自の技術を確立することで、世界で初めてCLBOの素子化に成功しました。

CLBO波長変換素子は、1996年4月から光学技研より販売を開始。世界市場規模が約3,000億円といわれているフォトマスク検査装置に採用され、2013年までに固体紫外レーザーの世界市場において100%のシェアを誇っています。

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結晶を加工してできあがったCLBO波長変換素子

ふとした思いつきで新結晶を発見

森教授がCLBO結晶を発見したのは、ふとした思いつきがきっかけでした。1993年に助手として着任した佐々木研究室では、紫外光用の波長変換結晶を探索していたのですが、適度な複屈折を持つ材料が見つかりません。森教授は学生時代に半導体の研究をしたいたのですが、半導体の材料開発では混晶といって複数の材料を混ぜ合わせて禁制帯幅を制御します。森教授は、酸化物でも同じパターンで複屈折を制御できないのかなと思っていましたが、中々実行には移せませんでした。

「すでに就職は決まった学部の4年生がいて、卒業のためには何でもすると言ったので、ならば出来るかどうか全く分からない新しい結晶探索を卒業研究のテーマにしてみてはと提案したところ、駄目元でやってみようとなったのです。そこで、とりあえず、彼と研究室にあったLiB3O5とCsB3O5を1対1の比率で混ぜ合わせてみたところ、元素記号の上では混晶ですが全く新しい構造を持つCsLiB6O10が得られたのです」と、森教授は当時を振り返ります。

当時はそんな簡単に新材料が見つかるとは思えず、どうせ大した特性ではないだろうと思ってはいたものの、これで学生の卒論は書けると思い、特性を評価することになりました。その材料の波長変換特性の評価は、材料を結晶にして複屈折や吸収端を計測してみなければわかりません。原材料を溶かした溶液を冷やすと、微結晶ができます。その微結晶を種にすると少し大きい結晶ができます。それを繰り返し、数カ月かけて手作業で作った結晶の特性を測定すると、既存の波 長変換結晶よりも、かなりすぐれた、紫外線に最適なポテンシャルを持つ、非線形光学結晶であることがわかりました。

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重さ400gの大きさまで成長したCLBO結晶

研磨加工技術の確立により実用化へ向けて加速

その後NEDOプロジェクトへの参画をきっかけとして、光学技研でのCLBO結晶による波長変換素子作製が開始されました。

ところが、大阪大学から光学技研に宅配便で送られてきた最初のCLBO結晶は、加工する以前に、クラックが入った真っ白く濁った状態だったのです。大阪大学で結晶を切断したときの応力により脆くなり、クラックが入ってしまったようでした。

光学技研の研究開発スタッフは、CLBO結晶は研磨・加工どころか、その前の段階である、「切断」ですら難しいのだと思い知らされました。そこで、設備の整っていない大学研究室でなく、「切断もこちらでやるので、結晶のまま送ってほしい」と森教授に申し出ました。

また、当時の大阪大学では、応用に向けて少しでも結晶を大きく育てようと研究開発を進めていましたが、光学技研はそれに対しても、「結晶が大きくなったからといって、質が良くなるとは限りません。たとえ小さくても、高品質な結晶を、時間をかけて作りましょう」と提案しました。

加工がきわめて難しいCLBO結晶の研磨法を開発するには、なによりまず、結晶の品質評価がしっかりとできなければ、その入り口にも立つことはできません。

さらに評価には、クラックなどがない状態で加工し、結晶軸(結晶における座標)を明確にすることが重要でした。そのためにも、クラックはもちろん、歪みもない、高品質な結晶が必要なのでした。

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CLBO研磨面粗さ測定器(左)、CLBO研磨面粗さ測定対物部(右)。波長の短く高いエネルギーをもつ紫外光を吸収するため、結晶表面や内部のわずかなキズが出力性能に影響してしまう。そのため、三次元形状測定器で10億分の1mという精度で、結晶の粗さを測定する

世界最高出力で266nm光の発生に成功

CLBO結晶の品質を左右するのは、結晶内の欠陥や歪です。吸湿性、潮解性ともに高いCLBO結晶は、大気中の水分ですら歪みやクラックの原因になることがわかりました。室温(23℃)、湿度96%では、わずか8時間で結晶が真っ白に濁ってしまいます。

そこで、結晶を150℃まで加熱して、表面等に水分が吸着できない条件使用してみたところ歪みが生じにくく、数日経っても出力が低下しませんでした。

高いエネルギーをもつ紫外レーザーは結晶以外の光学部品へのダメージも大きく、レーザー内部の損傷耐性が問題になっていましたが、これらの取り組みにより損傷耐性も大幅に向上。1997年度~2001年度のNEDO「フォトン計測・加工技術の研究開発」を通して、レーザー損傷耐性はそれまでの2.8倍、発生出力においても世界最高となる42Wで、266nmの光を発生させることができました(図3)。

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図3 高出力化グラフ。2003年、世界最高出力をはるかに超える42Wで266nmの紫外発光を実現

BREAKTHROUGH プロジェクトの突破口


結晶の品質向上のために、あえて攪拌する

二つの材料を混ぜ合わせただけでできたCLBO結晶ですが、CLBO結晶が、工業製品として使えるためには、品質の向上と素子としての安定性を実現できるかが大きな課題でした。

品質向上のための取り組みとして、研磨加工段階では、前述したとおり、150℃に加熱して使用する方法など、水不純物の影響を取り除くことで、かなり目標達成に近づきました。

しかし、研磨加工以前に、できあがった結晶そのものの品質を高めるための試行錯誤も続きました。

研究の方向性としては、結晶の育成中に欠陥を低減することが最も重要でしたが、その根本原理が見出せません。森教授は自宅で入浴中にふと、「かき混ぜてやったら結晶も気持ちいいのでは?」と思いつき、あえて溶液を攪拌してみる「溶液攪拌法」を結晶育成に導入してみることにしました。

「溶液攪拌法」では、溶液の入った白金るつぼ本体を水平方向に回転させつつ、るつぼ内の固定式の白金プロペラを垂直方向に回転させて、溶液を混ぜ合わせます。

CLBOなどのボレート系と呼ばれる材料は、溶液が水飴のように粘度が高いのが特徴ですが、この方法ならしっかりと混ぜることが可能となり、結晶の強度、レーザー損傷耐性、結晶の均質性向上を実現できました(図4)。

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図4 溶液攪拌法。るつぼ本体による水平流と、固定プロペラによる上下流で攪拌する

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加温回転るつぼと固定プロペラ(左)、電話ボックスにも似た閉鎖環境(右)で結晶を製造

応力をかけずに切り出す内周刃スライサー

できあがった結晶を製品化するには、材料評価、スライス・外形成形、研磨加工、成膜、接合・組立加工、洗浄・検査、光学評価というプロセスを辿ります。光学技研では、NEDOプロジェクトを通じて、ほぼ全ての工程において、CLBO結晶用の独自技術を開発しました。

前半工程で特に重要なのは、スライス・外形成形です。通常の機能性結晶よりも脆いCLBO結晶は、従来のスライサーで切り出そうとすると、割れたり、内部に欠損が生じたりしてしまいます。そのため、応力を抑えて切断できる内周刃スライシングマシーンを開発しました。

結晶を切り出すときには、X線で最適な結晶軸を確認しつつ、求める波長が出る結晶軸に合わせてスライスします。

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X線照射切断面測定器。切断する位置を決めるため、X線を照射して結晶軸を確認する

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ダイヤモンド内周刃ドラム式切断機(左)、切断機用のダイヤモンド内周刃ドラム(右)

湿度管理室で水を使わずに研磨する

CLBO結晶を加工する際に一番重要になるのは、水分の除去です。大阪大学から届いたCLBO結晶の実物を手にした岡田さんは、「想像以上に水に弱く、これでは従来のやり方では研磨加工できない。まったく新しいやりかたを考えなければ」と決意したと言います。

そこで、加工工程で可能な限り水分を除去するため、常に室内の湿度を10%以下に保つ超低湿度環境ルームを設置して、この室内で加工を行うことにしました。

超低湿度環境とはいえ、室内で人が呼吸をすれば、それだけでも湿度は上がってしまいます。また、これだけ湿度が低いと、静電気による発火のリスクなどもあります。また、24時間体制で乾燥機を稼働させているのでコストもかかります。しかし、ここまでの環境でなければ高品質なCLBOの結晶加工は難しいのです。

それぞれの工程でも水分は禁物。通常は水溶性の研磨剤を使い、水で流しながら研磨を行いますが、この方法で行うとCLBO結晶は研磨面だけでなく側面まで割れてしまいます。そこで、ありとあらゆる研磨剤を試し、最終的に水をまったく含まない研磨剤に辿り着きました。

この研磨剤を使い、熟練した技術者の手により研磨すると、その精度は、カメラレンズの5~6倍にあたる6~7Å(オングストローム)レベル。岡田さんは、「CLBO結晶の研磨ができる技術者は、わが社でもわずかに3人だけ」と、言います。

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無水面研磨装置(左)、面研磨装置(右)。超低湿度環境で、水を使わずに研磨する

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CLBOのパッケージング装置(左)と梱包状態のCLBO素子(右)。大変デリケートな結晶であるため、外気に触れずに梱包して出荷する

FOR THE FUTURE 開発のいま、そして未来


世界のフォトマスク検査装置で採用

光学技研では、1996年に「CLBO波長変換素子」として販売を開始。それ以来、国内外の主要フォトマスク検査装置メーカーで採用されてきました。国内市場シェアでは100%。2013年までの素子単体の年間売上げは約1億円を超えており、この金額は同社の総売上の20%に相当します。

現在、高出力の全固体紫外レーザー光源を実現できるのは、この大阪大学/光学技研による「CLBO波長変換素子」だけです。

今後、シリコンウエハ加工装置や、プリント基板加工装置、サファイア等基板切断装置などにも、全固体紫外レーザーが使われるようになれば、CLBO波長変換素子の出荷数は飛躍的に伸びていくことが予想されます。事実、すでにレーザーメーカーからの要望が森教授や光学技研に多数寄せられるなど、産業界の期待は高まるばかりです。

そうした研究開発の過程や、今後の産業界にもたらすポテンシャルなどへの評価を裏付けるように、内閣府の産学官連携功労者表彰「日本学術会議会長賞」、井上春成賞、新技術開発財団市村賞、ゴッドフリート・ワクナル賞など、大阪大学と光学技研のCLBO結晶を用いた波長変換素子は国内外で多数の賞を受賞しています。

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CLBO波長変換素子が搭載されているフォトマスク検査装置(ニューフレアテクノロジー社 NPI-7000)
参照:「超先端電子技術開発促進事業」世界で圧倒的なシェアを誇る、電子ビームマスク描画装置株式会社ニューフレアテクノロジー

CLBOをきっかけにタンパク質の結晶化にも成功

森教授は、NEDOプロジェクトでの成果を基に、高品質CLBO結晶を製造するベンチャー企業を設立する予定で、すでに「Osaka CLBO」と名付けたCLBO結晶の販売を開始しています。高品質結晶を大型化する技術やさらなる高品質化などに取り組んでいます。紫外レーザー光の高出力化にはCLBO結晶の品質が最も重要で、産業応用の広がりはその結晶の品質に依存しているからです。

また、CLBO結晶で開発した高品質結晶育成の技術を活かし、タンパク質の結晶化にも挑戦しています。タンパク質では溶液を静置して結晶が育つのを待つのが一般的ですが、その常識を打ち破り、CLBO同様に攪拌したところ結晶化の成功率、スピード、共に従来のやり方を超える成果を挙げています(図5)。2005年には、この技術を基盤としたベンチャー企業「創晶」を設立しました。

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図5 タンパク質結晶。CLBO結晶化技術を活かしてタンパク質結晶も実現

初めての大規模プロジェクトで学んだこと

大阪大学にとっても、光学技研にとっても、今回のような大規模プロジェクトは初めてのこと。特に、光学技研のように決して規模の大きくない企業では、NEDOプロジェクトに際して戸惑うこともあったといいます。

プロジェクトのまとめ役を務めた光学技研営業部部長の田中光弘さんは「申請書類の書き方や情報整理の仕方など、このような大規模プロジェクトの取り組み方がわからず不安なこともありましたが、そこは経験豊富な三菱電機の方がアドバイスしてくれました」と話します。

森教授は「このプロジェクトを通じて、大学で誕生した基礎的なシーズを実用化するには、企業との一歩踏み込んだ連携と知財戦略が必要だと痛感しました。また、実用化を実現する技術シーズの重要性も、今回学んだことの一つです」と語っています。

開発者の横顔


日本発のCLBO結晶で半導体産業の可能性を拓く

信頼関係と相互理解が研究力を高める

大学時代は半導体材料としてのダイヤモンド結晶を研究対象としていた大阪大学の森勇介教授。当時の研究室のボスの勧めでレーザー関連結晶を専門とする佐々木孝友教授(現光科学センター特任教授)の研究室に来て、すぐにCLBO結晶という大発見を成し遂げました。CLBO結晶開発を経験したことで、多くのことを学んだと話します。

「CLBO結晶については、発見の翌年に欧州と米国で特許を出願したのですが、後から出願したオレゴン州立大学教授の特許が成立したため国際的な紛争にまで発展。最終的にはこちらの主張が認められて逆転勝利となりましたが、知財の大切さを思い知らされました。また、産学連携では、企業と大学がお互いの必要としているものを理解し、共通の目標に向かって役割分担していくことが大切だと痛感。信頼関係を強めることが、結果として研究のスピードを早めるのです」

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森教授

他社ではできないことこそ当社の仕事

代表取締役の岡田幸勝さんが株式会社光学技研を設立したのは1978年。それ以前は結晶育成から加工までを行う技術者で、29歳で起業してからは自ら研磨加工を行いつつ、営業、経営と一人でこなしてきました。結晶自体が機能を持つ機能結晶の加工を行う同社では、高度な技術を持つ技術者たちが、他社では不可能だといわれた結晶でも高品質で加工。その技術力があったからこそCLBO結晶の実用化が可能になりました。

「当社の仕事は全て特注。他社でできるようなものは来ませんが、どんなものでも自信を持って引き受けます。その代わりコストもかなり高いです。そんな当社ですが、CLBO結晶についてはまったく市場が見えない中でのスタートでしたから、無償でも構わないという覚悟でした。しかし、これが結晶加工ビジネスと感じた直感を信じてチャレンジしたのが良かった。製品化できただけでなく、当社の結晶加工技術は飛躍的に向上し、その他の結晶加工においても役立っています」

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岡田さん

当社ならできる、自信が確信に

前職は電力系統の制御ソフト開発。その後、光学技研に転職してきたという営業部部長の田中光弘さんは、入社7年目頃にNEDOプロジェクトがスタートし、そのまとめ役を任されることになりました。プロジェクトを通して、CLBO結晶とともに社内の技術力が向上していく様子を見られたことが良かったと話す。

「当社の技術力ならばできるだろうという自信がありましたが、当時はまだ結晶やレーザーに関する技術が未熟だった頃。そのタイミングでNEDOプロジェクトに参加できた意義は大きいと思います。また、このようなプロジェクトに参加するのは初めてでしたが、研究会や報告会などで申請書類の書き方などを学び、当社単独で経産省に補助金を申請できるようになりました」

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田中さん

なるほど基礎知識


産業界で使われるレーザーとは?

レーザー(Laser)とは「Light(光) Amplification(増幅) by Stimulated(誘導) Emission(放出) of Radiation(輻射)」の略で、高い指向性と収束性を持ったコヒーレント(同一波長・同一位相)な電磁波の光(または発生装置)のことを言います。こうした性質から、様々な分野で、応用、活用されています(図6および表A~B)。

レーザーの発振する光の波長は、使用するレーザー媒体によって決まります(色素レーザーのように共振器や色素によって発振波長を自由に変えられるレーザーも存在する)。そして、波長によって使用方法は変わります。

赤外線レーザーは、リモコンの光源やレーザーポインターなどに利用されるほか、加工や切断、計測などにも幅広く活用されています。赤外線よりも波長が短くエネルギーが高い紫外線レーザーは、熱による影響が少なく、分子間結合を切断することができるので、半導体加工や医療などにも使用されています。

さらに、断続的に光を発するパルスレーザー、連続的に光を出すCW(Continuous Wave)レーザーなど、発振方法による分類も可能です。媒質、発振機器などによりレーザー特性は多種多様で、産業応用の可能性は今後さらに広がるものと期待されています。

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図6 レーザーの概念図 通常光(拡散)とレーザーの違い

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表A レーザーの主な応用分野

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表B レーザー(媒質)の種類による応用分野

NEDOの役割

「フォトン計測・加工技術の研究開発/高集光完全固体化レーザー技術」

このプロジェクトがはじまったのは?

このプロジェクトが開始された1997年当時、米国、ドイツをはじめとする欧米諸国において、フォトン(レーザー)技術の重要性・将来性が認識され始めており、本技術に対して大規模な資金を投入した産学官連携国家プロジェクトが推進されておりました。我が国においても、産業基盤技術の強化、先端産業の育成等を推進し、製造業等の産業の国際競争力を強化するという産業政策上の観点から、製造業をはじめ広範囲な産業への応用が期待されるフォトン技術の確立を目的として、産官学が連携して本事業が実施されることになりました。

プロジェクトのねらいは?

製造業におけるエネルギー利用の効率、製品の生産性及び信頼性を飛躍的に高めることを目的として、フォトンという新たなツールを本格的に導入することで、フォトンビームによる先進的な計測技術、加工技術並びに高品質フォトンビーム発生技術を確立するための基礎的・基盤的な研究開発を実施。その一環として、「高集光完全固体化レーザー技術」として、波長変換結晶を用いた紫外光発生技術の開発が行われ、高出力(当時の世界レベル10Wを大幅に上回る20W出力)の紫外光にするなどの目標が設定されました。

NEDOの役割は?

本プロジェクトの課題設定にあたり、1993年度に研究動向調査を実施、その後、1994年度より3年間の先導研究を行い、技術の現状、用途とニーズの高さ、市場規模等を把握して、プロジェクトを企画・立案しました。NEDO内に「フォトン計測・加工技術推進委員会(年2回程度開催)」を設置し、目標の妥当性、研究開発の推進、中間評価指摘事項への対応、最終目標達成の検証等に関する助言を行いました。また、NEDO事業報告会での展示や、プレス発表、NEDO定期広報誌「FocusNEDO」への掲載などで成果普及を図ってきました。

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