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材料
革新的新構造材料等研究開発

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自動車の軽量化のカギを握る 構造用接着剤

東京科学大学(当時:東京工業大学)、国立研究開発法人産業技術総合研究所、セメダイン株式会社

December, 2025

概要

INTRODUCTION

日本のCO₂総排出量の約2割を占める自動車の排出ガス。その削減に向けた「車体の軽量化」が重要課題となっています。その有力な手段として注目されているのが、鋼板に加え、アルミニウム合金や炭素繊維強化樹脂(CFRP)などを適材適所に使い分けるマルチマテリアル化と、強度を保ちながら薄く軽くできる鋼板の採用です。

しかし、マルチマテリアル化には、従来主流だった溶接が使えないという課題がありました。材料ごとに融点や耐熱性が異なるため、異種材料同士の接合が難しいケースが多かったのです。一方、鋼板を薄くすると振動や騒音が増加してしまうという課題がありました。

こうした状況を受け、2013年に設立された新構造材料技術研究組合(ISMAInnovative Structural Materials Association)のなかに、接着接合を専門とするグループが発足。東京科学大学(当時:東京工業大学)、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)、接着剤メーカーのセメダイン株式会社などが連携し、NEDOプロジェクト「革新的新構造材料等研究開発」のもと、これらの課題を解決する新たな構造用接着剤の開発に挑みました。

年表

TIMELINE

経緯
2013年 新構造材料技術研究組合(ISMA)設立
2015年 ISMA内に接着グループが発足 NEDOプロジェクトに参画
2015–17年 「構造用接着技術に関するFeasibility Study」を開始 欧米の現状調査を実施し、研究体制を構築
2017年 構造用接着剤技術の開発」を開始。セメダイン株式会社は2つの接着剤を開発開始
2018–22年 マルチマテリアル向け接着剤、鋼板向け接着剤を開発 最終目標(せん断接着強度28MPa等)を達成。
2022年 NEDOプロジェクト終了 実用化・普及フェーズへ移行
2024年 鋼板向けの構造用接着剤の出荷を開始

開発への道

BEGINNING

自動車軽量化の要 構造用接着剤

図1 マルチマテリアル化の一例(引用:ISMA HP).jpg

図1 マルチマテリアル化の一例(引用:ISMA HP)

自動車のCO₂排出量削減に向けて、自動車メーカーにとって喫緊の課題となっていたのが「車体の軽量化」でした。その有力な手段として注目されたのが、鋼板だけでなく、アルミニウム合金や炭素繊維強化樹脂(CFRP)など、性質の異なる材料を組み合わせて使う「マルチマテリアル化」です。材料ごとに異なる特性を生かし、必要な部分に最適な素材を配置することで、車体全体の性能向上が期待されていました。

しかし、マルチマテリアル化を進める上で欠かせないのが、異なる材料同士をどのようにつなぎ合わせるかという「接合技術」です。これまで鋼板を主材料とした車体では、スポット溶接が広く使われてきました。ただし、アルミや樹脂などを含むマルチマテリアルでは、材料ごとに融点が異なるほか、そもそも熱に弱い素材も多く、溶接による接合が難しいケースが少なくありませんでした。

また、鋼板自体を薄くして車体を軽くする試みも進んでいます。ここで採用されているのが超高張力鋼板です。強度が高いため、必要な性能を保ったまま板厚を薄くでき、結果として車体を軽量化できる一方で、車体の振動や騒音が増加してしまうという課題がありました。

そこで注目されたのが「構造用接着剤」です。構造用接着剤とは、単に部品を貼り合わせるためのものではなく、車体構造そのものを支える役割を担う接着剤のことを指します。材料を面でつなぐことで、強度や剛性を確保しながら、軽量化にも貢献できる技術です

産学官が連携する「接着剤グループ」誕生

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写真1 東京科学大学 総合研究院 佐藤千明教授(当時:東京工業大学 科学技術創成研究院)

日本の接着研究を長年リードしてきた佐藤千明教授です。欧米に比べ、日本では接着技術の研究基盤が十分に整っておらず、構造用接着剤も補助的な技術として扱われることが多い状況に懸念を抱いていました。

佐藤教授:欧米では2000年代から、マルチマテリアル化に対応した構造用接着剤の開発が本格的に進められていました。ドイツでは、接着剤を主要な接合方法として量産車に採用する動きもすでに始まっていました。一方、日本では接着剤が本格的な研究テーマとして扱われることが少なく、このままでは世界のものづくり競争で取り残されてしまうという強い危機感がありました。

こうした状況を打開するため、佐藤教授は2015年、ISMA(新構造材料技術研究組合)内に、接着接合の技術開発を専門とするグループの設立を主導します。その呼びかけに応えたのが、接着剤メーカーのセメダイン株式会社や産総研などでした。こうして、産学官が連携する「接着剤グループ」が発足し、日本における構造用接着剤の本格的な研究開発が動き出しました。

欧米の背中を追って ~NEDOプロジェクト始動~

2015年度、接着剤グループはNEDOプロジェクト「革新的新構造材料等研究開発」に分担研究として参画しました。まず佐藤教授が着手したのは、構造用接着技術の実現可能性を探るフィージビリティスタディ(FS)です。約2年をかけ、世界各国を回りながら、欧米がどのように構造用接着剤の研究開発と実用化を進めているのかを調査しました。

特に注目したのが、ヨーロッパ最大の応用研究機関であるドイツのフラウンホーファー研究機構です。研究機関、接着剤メーカー、自動車メーカーが強力に連携し、接着関連のテーマに約350人もの研究者が関わるなど、組織的に研究開発と社会実装を進めていました。こうした欧州の事例を踏まえ、佐藤教授は、日本でも接着に関する研究基盤を体系的に整える必要があると考えました。プロジェクトでは、新しい構造用接着剤の開発と並行して、接着技術を支える「基盤技術」の確立を目標に掲げます。

図2 プロジェクト体制図.jpg

図2 プロジェクト体制図

産総研を中心に、接着メカニズムの解析、接着接合部の強度・耐久性評価、表面処理など、5つの研究グループを編成。個々の企業や研究者が個別に進めてきた接着研究を一つの流れにまとめ、日本全体として接着接合技術を底上げすることを目指しました。

佐藤教授:これまで接着の研究は、企業ごと、研究者ごとにバラバラに進められてきました。NEDOプロジェクトでは、それらを一つの流れにまとめ、どう進むべきかを整理しました。2年間のFSを通じて、誰が何を担うのか、どこを強化すべきなのかが明確になった。まずは接着研究を支える体制をきちんと整えることが、このプロジェクトの出発点だったのです。

  

プロジェクトの突破口

BREAKTHROUGH

材料の“伸び縮み”が生む大きな課題

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写真2 セメダイン株式会社 開発センター(茨城県 古河市)

構造用接着剤の開発には、複数の接着剤メーカーが参画しました。その中で、2種類の接着剤の開発を担うことになったのが、1923年創業の老舗接着剤メーカー、セメダイン株式会社です。

セメダイン株式会社が1つ目に取り組んだのは、樹脂やアルミ、鋼板など、異なる材料同士を接合する「マルチマテリアル化対応」の構造用接着剤の開発でした。

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写真3 セメダイン株式会社 研究開発部 鈴木敦彦さん

開発を担当したのは、長年自動車向け製品の開発に携わってきた、鈴木敦彦さんです。

鈴木さん:弊社は自動車メーカーに対して、接着剤やシーリング材、コーティング塗料など、様々な製品を供給しており、自動車市場は重要な存在です。その自動車業界で、当時100年に1度の大転換期ともいわれたのが、車体の軽量化のための“マルチマテリアル化”でした。これは従来の接着剤の延長線上では対応できない変化です。マルチマテリアル化向けの新しい構造用接着剤を開発しなければ、これからの自動車づくりには貢献できない。そうした思いから開発をスタートしました。

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図3 熱膨張率の差によるひずみ

開発で最大の課題となったのが、材料ごとに異なる「熱膨張率」の違いです。これは、温度が変化したときに材料がどれだけ伸び縮みするかを示す割合で、ほとんど伸びないCFRPに対して、鋼は約612倍、アルミは鋼のさらに約2倍も伸びるという大きな差があります。

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写真4 大きな温度変化にさらされる自動車(イメージ)

自動車は、氷点下の雪国から灼熱の砂漠地帯まで、世界中のさまざまな環境で使用されます。夏場には車体表面が80℃近くまで熱せられ、冬にはマイナス40以下になる地域もあり、1年の中で100℃近い温度変化にさらされることも珍しくありません。温度が変わるたびに、材料ごとに異なる比率で伸び縮みするため、接合部には引っ張りやねじれといった大きな力がかかります。これは、歩幅の違う2人をロープで縛って走らせるようなものです。無理な力がかかれば、剥離やひずみ、割れといったトラブルにつながります。そのため、マルチマテリアル化には、単に強いだけでなく、温度変化に伴う膨張差に追従できる「柔軟さ」と「長期耐久性」を兼ね備えた接着剤が不可欠でした。

図4 「強度」と「伸び」がトレードオフとなるバナナカーブ.jpg

図4 「強度」と「伸び」がトレードオフとなるバナナカーブ
(セメダイン株式会社 提供資料をもとに作成)

しかし、ここに大きな技術的な壁がありました。接着剤の性能である「強度」と「伸び」は、本来トレードオフの関係にあります。強度を高めると硬くなり、柔軟性を持たせると強度が下がる。この関係をグラフにすると、バナナのように湾曲した曲線を描くことから、「バナナカーブ」と呼ばれてきました。

鈴木さん:従来の接着剤は、強度は高いが硬いエポキシ系か、柔らかいが強度が足りない変成シリコーンやウレタン系(弾性接着剤)に限られていました。マルチマテリアルに対応するには、“強くて、しかも伸びる”という、これまでにない領域をどうしても目指す必要がありました。

「海島構造」という発想

図5 変成シリコーンとエポキシ樹脂の海島構造.jpg

図5 変成シリコーンとエポキシ樹脂の海島構造
(セメダイン株式会社 提供資料をもとに作成)

この“バナナカーブの壁”を超えるために、鈴木さんたちがたどり着いた答えが、「海島構造型」接着剤でした。海島構造とは、柔らかい変成シリコーン樹脂を“海”とし、その中に硬いエポキシ樹脂の粒子を“島”のように均一に分散させた構造です。変成シリコーン樹脂が温度変化による膨張差を吸収するクッションとして働き、エポキシ樹脂の粒子が骨格となって高い接着強度を発揮します。

さらに、使用する変成シリコーンにも工夫を加えました。材料メーカーと協力し、分子構造を見直すことで、エポキシ樹脂との相溶性を高めた新しい変成シリコーンを開発しました。両者のなじみを良くすることで、より粘り強く、壊れにくい接着剤へと仕上げていきました。

しかしながら最適な配合を見つけるまでの道のりは容易ではありませんでした。鈴木さんたちは、1000種類以上ものレシピを試作し、評価と改良を繰り返しました。

写真5 試作の様子.jpg

写真5 試作の様子

開発を支えた産総研の評価技術

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写真6 国立研究開発法人産業技術総合研究所 つくばセンター(茨城県 つくば市)

この接着剤開発を支えたのが、産総研の研究チームです。

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写真7 国立研究開発法人産業技術総合研究所 材料基盤研究部門 秋山陽久さん

秋山陽久さんが中心となり、NEDOプロジェクトのもと、産総研では接着メカニズムの解析や、接着接合部の強度・耐久性評価、表面処理技術など、接着接合の普及に不可欠な基盤技術の確立に取り組んできました。

秋山さん:産総研は研究そのものにとどまらず、その成果を社会や産業につなげる橋渡しを担う公的研究機関です。接着は材料や環境によって、性能が大きく変わる複雑な分野だと言えます。だからこそ、科学的な裏付けをもとに“安心して使える技術”として確立していくための、基盤技術の整備が必須でした。

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写真8 産総研での実験風景

NEDOプロジェクトのもと、産総研ではセメダイン株式会社が試作した接着剤を用いて、さまざまな条件下での評価試験を実施。その中で重要な役割を果たしたのが、接着部に瞬間的な力を加えて耐久性を確認する「衝撃試験」でした。

秋山さん:接着接合部は、外からの熱や水の影響を受けやすいという特性があります。そこで産総研では、温度や湿度などさまざまな条件下で性能評価ができるよう整備しています。セメダインの接着剤に衝撃試験を行うと、通常の温度では十分な強度を示しましたが、低温下では接着剤の柔軟性が低下し、衝撃に耐えられず割れてしまうことがわかりました。これは、接着剤のガラス転移(素材がゴム状から硬質に変わる温度)より低い温度での試験であることから、材料の特性が変わっていたのが原因だと考えました。

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写真9 試験結果を確認する秋山さんと鈴木さん

この結果を受け、鈴木さんたちは材料設計を見直し、ガラス転移点を下げる改良を実施。低温環境でも十分な衝撃強度を発揮する接着剤へと進化させることができました。

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写真10 完成したマルチマテリアル化対応の構造用接着剤

2022年には、最終目標として掲げていた「接着強度10MPa、伸び100%」を達成。さらに、実用化に不可欠な高耐久性や耐水性といった性能もクリアしました。

鈴木さん:接着剤の実力を把握するためには検証が必要ですが、接着剤メーカー1社ですべてを整備することはハードルが高い。その点、産総研にはたくさんの試験機や最新の設備がそろっていたので、設備を使い、その結果に対してフィードバックがもらえて、助かりました。産総研の協力がなければ今回の接着剤は開発できませんでした。NEDOプロジェクトではこうした連携によって、新たな出会いがあったことも大きなプラスだったと思っています。

薄くて軽い 超高張力鋼板向け接着剤

セメダイン株式会社が開発した2つ目の接着剤が、スーパーハイテン材を含む超高張力鋼板向けの構造用接着剤です。

自動車メーカーは車体の軽量化を進めるため、従来の鋼板よりもはるかに高い強度を持つ超高張力鋼板の採用を拡大してきました。強度が高いため、必要な性能を保ったまま板厚を薄くでき、結果として車体を軽量化できます。また、アルミやCFRPに比べてコストを抑えやすい点も大きな利点です。

一方で、車体の振動や騒音が増加して、乗り心地が悪化してしまうという課題がありました。

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図6 ウェルドボンド工法
(セメダイン株式会社 提供資料をもとに作成)

この課題に対する有効な手法として広がってきたのが、スポット溶接と接着剤を併用する「ウェルドボンド工法」です。従来の点で固定する接合に、接着剤による面接合を組み合わせることで、ボディ全体がたわみにくくなり、軽量化と快適性を両立できます。

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写真11 セメダイン株式会社 研究開発部 村地勇佑さん

ただし、この工法に用いられる接着剤には、まだ改良の余地がありました。開発を担当した村地勇佑さんは、当時の課題をこう語ります。

村地さん:従来の接着剤は高温時に強度が低下したり、強度優先でもろさがあったり、様々な場所に使えないという欠点がありました。そこで、どんな条件でも安定して使える、しなやかで粘り強い接着剤をつくろうと考えました。

村地さんたちが重視したのが、「じん性」と呼ばれる特性です。じん性とは、外部から力が加わったときに、割れずに“しなりながら変形に耐える”性質を指します。この特性を実現するため、硬いエポキシ樹脂をベースに、ゴムのような性質を持つエラストマー成分を組み合わせる材料設計に取り組みました。

図7 コアシェルラバー(CSR)が均一に分布した構造イメージ図(セメダイン株式会社 提供資料をもとに作成).jpg

図7 コアシェルラバー(CSR)が均一に分布した構造イメージ図
(セメダイン株式会社 提供資料をもとに作成)

採用したのが、「コアシェルラバー(CSR)」と呼ばれる粒子です。これは、ゴムの芯を硬い殻で包んだ構造を持つ材料で、エポキシ樹脂の中に均一に分散させることができます。熱に弱いゴム成分と熱に強いエポキシをシェルで分離することで、エポキシの特性を生かし、高温下でも強度を維持できる構造を実現しました。

写真12 完成した超高張力鋼板向けの構造用接着剤.jpg

写真12 完成した超高張力鋼板向けの構造用接着剤

こうして試作された接着剤は、産総研による評価を受けながら改良が重ねられました。その結果、2022年には、横にずれる力に対する接着の強さを示すせん断接着強さ28MPa、高温時の弾性保持率80%という最終目標を達成します。ウェルドボンド工法に求められる性能を、高いレベルで満たす接着剤が完成しました。

実用化への高いハードル

完成した接着剤は、自動車メーカーの製造ラインで試験的に使用されることになります。しかし、生産ラインはメーカーごと、工場ごとに大きく異なります。塗布方法、硬化条件、周囲の温度や湿度など、考慮すべき条件は無数にありました。例えば、プレス工程で付着した油や防錆油が多少残っていても、安定して接着できること。ロボットによる自動塗布で、狙った場所に確実に塗れる粘度であること。こうした現場特有の要求に応えるため、接着剤は“オーダーメイド”に近い形で改良が加えられていきました。

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写真13 試作の様子

村地さんたちは、約3年の歳月をかけて500種類以上のレシピを試作しました。試作した接着剤を自ら評価し、結果をもとに配合や条件を見直す。改良したものを協力先に持ち込み、製造ラインで試験してもらい、再び改良を重ねる。この試作と検証のサイクルを、何百回も繰り返す地道な改良の積み重ねの末、構造用接着剤はようやく実用化の段階へとたどり着きました。

村地さん:自動車を作る製造ライン一つとっても、様々な材料や技術が詰め込まれたものですので、そこに対して接着剤一つだけあっても車はできません。NEDOプロジェクトでは、いろんなメーカーさんや先生方がいらっしゃって、横のつながりを持ちながら開発できたというのは、非常に強力な心強い環境でした。」

開発のいま、そして未来

FOR THE FUTURE

社会実装の現在地

NEDOプロジェクトを通じて開発された構造用接着剤は、研究段階を越え、すでに社会実装のフェーズへと進んでいます。

最初に紹介したマルチマテリアル対応の構造用接着剤は、現在、自動車メーカーへのサンプル提供が進められている段階です。この接着剤は、2液を混合し常温で反応・硬化するタイプのため、通常、接着剤の硬化に必要な加熱工程が不要という特長があります。これは車体の軽量化だけでなく、製造工程での省エネルギー化やCO₂排出量削減にもつながります。また、自動車分野にとどまらず、電気・電子機器など、他分野への応用も期待されています。

次に紹介した鋼板向けの構造用接着剤は、2024年から自動車メーカーへの出荷が始まり、車体部位に採用されています。

ISMA解散後の開発プラットフォーム ~T-CAB発足~

ISMAは、NEDOプロジェクトを推進するための時限的な研究組合として設立されたことから、2023年にその役割を終えました。

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写真14 接着・接合技術コンソーシアムの様子

研究成果と技術は、産総研に設置された「接着・界面現象研究ラボ」へと引き継がれました。さらに、その受け皿として、新たに「接着・接合技術コンソーシアム(T-CAB)」が立ち上げられます。T-CABでは、セメダイン株式会社を含む数十社の企業が参画し、産学官連携による共同研究が継続されています。

秋山さん:NEDOプロジェクトで築いた技術やネットワークを、一過性のものにしないことが何より大切でした。コンソーシアムは、そのための“受け皿”です。今では自動車分野に限らず、半導体をはじめとするエレクトロニクス分野やエネルギー分野など、新しいテーマに広がりながら、産学官で一緒に接着剤の未来をつくる場になっています。

次なる領域へ ~自動車の電動化対応~

いま自動車産業は、「電動化」という大きな転換点の真っただ中にあります。この新たな潮流こそ、接着技術が次に活躍する重要な舞台です。モーターやバッテリー、パワー半導体など、電動部品の組み立てには、接着剤が欠かせません。単に部品を固定するだけでなく、電気絶縁性、耐熱性、耐久性といった高度な機能が求められるなど、使用環境も、高温・高湿・高電圧と、従来以上に過酷になっています。

写真15 佐藤千明教授.jpg写真15 佐藤千明教授

佐藤教授:電動化が進むほど、実は接着の出番は増えます。モーター磁石の固定や、パワーモジュールの封止、バッテリーの組み立てなど、どれも接着技術なしでは成り立ちません。構造用接着剤の開発で培った知見は、今後、電動化や燃料電池といった分野で確実に生きてくると思います。

開発者の横顔

FACE

人と知見が途切れない研究を目指して

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〈東京科学大学 総合研究院 佐藤千明教授(当時:東京工業大学 科学技術創成研究院)〉

日本の接着研究を一貫してリードしてきた第一人者が、佐藤千明教授です。素材開発が主流だった時代に、あえて「接着」というテーマを選び、時代を先取りする形で研究の道を切り開いてきました。

佐藤教授:学生時代はCFRPの分野に関心を持っていましたが、研究室に入ったとき、教授から『これからは接合が課題になる。接着をやりなさい』と助言を受けました。当時は接着が注目される時代ではなく、半信半疑ではじめた研究でした。NEDOプロジェクトを通じて、接着研究を取り巻く環境は大きく変わりました。日本の接着研究は、ドイツと肩を並べられる段階に来たと思います。なにより大きかったのは、“研究が継続できる仕組み”をつくれたことです。プロジェクトが終わっても、人と知見が途切れず、次のテーマへとつながっていく。これは日本の接着研究にとって、とても大きな一歩でした。

今後はMI(マテリアルズ・インフォマティクス)を活用した開発の高速化にも期待を寄せます。

佐藤教授:MIはAIによる解析と実験の自動化を組み合わせて進化していく技術ですが、接着分野ではまだ“自動化”の部分が十分に進んでいません。だからこそ、この領域に日本のチャンスがある。接着は、これからますますおもしろい分野になると感じています。

前を向き続けた先にブレイクスルーがある

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〈セメダイン株式会社 研究開発部 鈴木敦彦さん〉

開発の最前線でチームを率いてきたのが、鈴木敦彦さんです。数々の困難を乗り越える中で、鈴木さんが大切にしてきたのは、前向きに考え続ける姿勢でした。

鈴木さん:どんなときもポジティブに考えることを大切にしています。失敗や壁にぶつかることもありますが、それも一つの経験で意味がある。下を向いていても、いいものは生まれません。腐らず、前を向いて取り組むことで、何かをきっかけにブレイクスルーが起きるんです。そうやって苦しみながらも結果が出たときの喜びこそが、仕事の醍醐味だと思っています。

そしてNEDOプロジェクトでは現場の枠を超えたつながりが、新たな視点や気づきをもたらしたと言います。

鈴木さん:社外の研究者や異分野の技術者との出会いが、大きな刺激になりました。ラボにこもっていると、どうしても視野が狭くなってしまいます。外との関わりの中にこそ、新しい発想や気づきがあります。若いメンバーには、“外に出て、いろんな刺激を受けてほしい”と伝えています。

現場で使われてこそ技術は完成する

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〈セメダイン株式会社 研究開発部 村地勇佑さん〉

超高張力鋼板(スーパーハイテン材)向けの接着剤開発に携わった村地勇佑さん。大学では有機化学を専攻し、キャリアのスタートは印刷会社でした。

村地さん:前職では、工場に配属され、お菓子の袋のラミネートを担当していました。夜勤も含め、現場オペレーターとして働く中で、“製造業としての魂”を注入されたと思っています。大学では論文を書くことが成果でしたが、現場では“事業につながる技術”が求められます。ものづくりは、実際に使われてなんぼ、という考え方が根付きました。

現場で培った“使われる技術を生み出す”という姿勢は、今の接着剤開発の姿勢にもつながっています。

村地さん:“接着のことなら村地に聞けばわかる”とお客様に思ってもらえる存在でありたい。そのためには、まず現場を知ることが大切です。実際にお客様のところへ足を運び、どんな環境で使われているのかを自分の目で見るようにしています。また、技術を伝えるときは専門用語に頼らず、相手の目線でわかりやすく説明することを心がけています。そういう積み重ねが信頼される技術者につながると信じています。

公的研究機関だからこそ社会に返す

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〈国立研究開発法人産業技術総合研究所 材料基盤研究部門 秋山陽久さん〉

産総研チームを率い、接着接合の普及を支える「基盤技術」の確立に尽力してきたのが、秋山陽久さんです。仕事への向き合い方の根底には、恩師からの言葉があります。

秋山さん:就職が決まったとき、恩師から『産総研は公費で運営されているということを絶対に忘れるな』と言われました。当時は意味がよくわかりませんでしたが、振り返ると、その言葉が自分の基盤になっていると感じます。本当に新しいものは、計画して作れるものではありません。研究開発は、うまくいかないことの連続です。それでも、公的研究機関として研究成果を社会に還元していくことが、私自身のやりがいになっています。

社会への還元に強い意識を持つ秋山さん。接着接合の普及のため、プロジェクト終了後も試験や評価法などのISO(国際標準化)への提案活動を牽引しています。

秋山さん:接着技術を広く使ってもらうためには、評価法の標準化が不可欠です。ISO化によって共通の基準を確立し、国内外で統一的に評価できる環境を整えていきたいと考えています。

  

なるほど基礎知識

なぜ「くっつく」?接着の3つのメカニズム

私たちの身の回りでは、接着剤があらゆるものを「くっつける」役割を果たしています。でも、なぜモノとモノがそんなにしっかりくっつくのでしょうか?その原理は大きく分けて3つのメカニズム「機械的結合」「化学的相互作用」「物理的相互作用」に分類されています。

①機械的結合

なるほど①機械的結合のイメージ図(セメダイン株式会社提供).jpg

機械的結合のイメージ図(セメダイン株式会社提供)

機械的結合とは、接着剤が液状のうちに素材の表面にある小さな穴や凹凸に入り込み、固まることで物理的にかみ合う仕組みです。これをアンカー効果とも呼びます。素材表面がザラザラしているほど接着剤が入り込みやすく、くっつきやすくなります。

②化学的相互作用

なるほど②物理的相互作用のイメージ図(セメダイン株式会社提供).jpg

化学的相互作用のイメージ図(セメダイン株式会社提供)

化学的相互作用は、接着剤と接着される素材の表面が化学反応を起こして、分子レベルで結びつく仕組みです。たとえば、原子が電子を共有するような結合が生まれると、とても強い接着力になります。

③物理的相互作用

なるほど③化学的相互作用のイメージ図(セメダイン株式会社提供).jpg

物理的相互作用のイメージ図(セメダイン株式会社提供)

物理的相互作用とは、接着剤と素材の分子どうしが非常に近くなったときに自然に引き合う力で接着する仕組みです。この力を引き出すには、接着剤が素材表面によく「ぬれる」こと、つまり液状の接着剤が表面に広がって密着することが重要です。

すなわち、「接着」とは、機械的な引っ掛かりや分子間力、原子間力によって成り立っており、そのどれかに原因を絞り込むことができない複雑さをもっています。

出典:セメダイン株式会社 「接着基礎知識 接着ガイド:1.接着の原理」

NEDOの役割

「革新的新構造材料等研究開発」
2014年度~2022年度

バイオ・材料部(当時:材料・ナノテクノロジー部)

自動車車両の軽量化は燃費改善、走行距離延伸に繋がる重要な取組課題の一つですが、本事業ではエネルギー使用量及びCO₂排出量削減を図るため、その効果の大きい輸送機器(自動車、鉄道車両等)の抜本的な軽量化に向けて、車体を構成する革新的な構造材料開発、並びにこれらの構造材料を適材適所に使うマルチマテリアル化に必要な設計技術、接合接着技術評価技術の開発を実施しました。 

今回、本プロジェクトの中から接着技術研究開発の成果が実用化至った事例として産業技術総合研究所の開発した基盤的な評価技術とそれを活用したセメダイン株式会社の2種の接着剤開発を紹介しましたが、その後もクリーンエネルギー分野における革新的技術の国際共同研究開発事業/エネルギー・環境分野における革新的技術の国際共同研究開発事業において車体接着の長期安定化のための界面設計技術や車体循環を拓く接着解体・界面設計技術の国際共同研究開発を実施し、継続した技術開発を推進しております。 

このようにNEDOでは、これからもエネルギー消費量とCO₂排出量の削減に向け、我が国の部素材産業及びユーザー産業の革新的な技術開発と技術の実用化を支援していきます。 

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