CONTENTS
INTRODUCTION
イントロダクションBEGINNING
早期発見できるかどうかが生死を分けるがんBREAKTHROUGH
全身用PET装置に比べ“2桁”も多いシンチレーター素子を搭載
FOR THE FUTURE
製品化を達成、今後は海外市場も見据えてFACE
原点となった「4層DOI検出器」の生みの親INTRODUCTION 概要
2006〜2009年度に実施されたNEDOの「悪性腫瘍等治療支援分子イメージング機器研究開発プロジェクト」。生きたままの細胞の機能変化を分子レベルで検出し、がんの早期診断などを通じて国民の健康を維持・増進させようという試みです。このNEDOプロジェクトの成果の1つが、株式会社島津製作所が開発した国内初となる乳房専用PET装置「Elmammo(エルマンモ)」です。検査時の女性の負担が軽いうえ、既存の全身用PET/CT装置と比較して、解像度は約2倍、感度は約10倍という高性能。これまでは検出が難しかった初期段階の乳がんの検出率の向上に貢献するものとして、大きな期待が寄せられています。
BIGINNING 開発への道
早期発見できるかどうかが生死を分けるがん
がんなどをはじめとする悪性腫瘍は、早期発見・早期治療が極めて重要です。がんの多くは病状の進行にしたがって、生存率が急速に下がるからです。
このため、悪性腫瘍等は超早期発見が求められており、診断・治療にかかわる医療費の抑制を実現する早急な対策が必要とされています。そこで、生きたままの細胞の機能変化を分子レベルで検出する分子イメージング技術に注目が集まっており、PET装置ががんの早期診断に期待されています。
日本の女性がかかる部位別のがん罹患率では乳がんがトップです〈図1〉。一方、医療産業としてのPET装置の市場は、まだまだ成長の余地があります。
図1 地域がん登録全国推計によるがん罹患データ(1975〜2011年)
国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」を基に作成
こうした背景のもと、2006〜2009年度に実施されたNEDOの「悪性腫瘍等治療支援分子イメージング機器研究開発プロジェクト」で株式会社島津製作所が開発したのが、乳房専用PET装置「Elmammo(エルマンモ)」でした。検査時に痛みをともなわず、しかも1.5mm以下の空間分解能(解像度)をもつ、高感度な乳房専用PET装置です。
喫緊の課題である悪性腫瘍等の超早期診断の実現と医療産業分野のさらなる成長を目指したこのNEDO事業において、島津製作所は、従来のPET装置にはない、必要な体の部位の近くで検査を行う近接撮像型PET装置の開発に成功しました。
痛みをともなわずに乳がん検査が可能
「Elmammo(エルマンモ)」は、一見ベッドのようなシンプルな形状をしています。寝台の上部には直径約18.5cmのホールが1つ開いており、このホールが検出部分となっています〈図2〉。
検査を受ける女性は寝台の上でうつ伏せになり、このホールのなかに片側ずつ乳房を入れて、PET画像を撮像します。現在、乳がん検査で使用されているマンモグラフィーは、乳房を強く挟み圧迫した状態で撮影を行うため痛みをともなうなど、女性にとって検査時の負担が重いという難点があります。それに対して「Elmammo(エルマンモ)」は、乳房を挟む必要がないため痛みをともなわないうえ、つぶれていない状態の乳房の3次元断層PET画像を得ることができます。
図2 「Elmammo(エルマンモ)」の利用法ホールが開いた寝台でうつ伏せになって撮像する
(提供:島津製作所)
撮像時間は片側だけで約5分間、両側で合計約10分間。リラックスした状態で検査できるので、呼吸にともなう身体の動きによる画像のブレも少なく、鮮明な画像を得ることができます。また、既存の全身用PET/CT装置に比べて、解像度は約2倍、感度は約10倍と非常に高性能なのも特徴です。
これだけの解像度・感度を実現できた最大の理由は、リング状に配置された独自開発の検出器にあります。
がん細胞に集積した放射性薬剤から放出されるガンマ線を、検出器のシンチレーターと受光素子で検出します。シンチレーターとは、放射線を受けると蛍光を発する物質のことです。シンチレーターの素子1個のサイズを小さくし、その数を増やせば増やすほど、高い空間分解能(解像度)を実現できます。
出発点は放医研の「次世代PETプロジェクト」で
開発した「4層DOI検出器」
島津製作所では、1979年という早い段階からPET装置の研究開発に着手していましたが、年代を追うごとに、PET装置の空間分解能の向上に限界が見え始めました。業界では、2000年代に入り、これ以上空間分解能を飛躍的に向上させるのは従来の検出方法だと難しいと考えるようになり、新たな検出手法の開発が強く求められるようになりました。
そこで、2001年に5カ年計画で立ち上がったのが、放射線医学総合研究所(放医研)(*)を中心とする「次世代PETプロジェクト」です。このプロジェクトで島津製作所などが開発したのが、「4層DOI検出器」です。
(*):2016年4月現在 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
DOIとは、Depth Of Interactionの頭文字で、シンチレーターがどの深さでガンマ線を捉えたかを識別する技術です。これこそが、後に「Elmammo(エルマンモ)」に搭載される検出器のベースとなる技術でした。
従来の全身用PET装置に使われているシンチレーターは、細長い直方体の素子が縦・横に数十個並べられた1層構造をしています。そのため、シンチレーターからの光を受ける受光素子では、1個のシンチレーターのどの位置から光が発せられたか、その深さ方向を識別することができません。
加えて、検出器がより被検者に近い方が感度は高まるものの、縦に細長い直方体の素子では、真正面から入射するガンマ線を高い空間分解能で検出できる一方、斜め方向から入射するガンマ線に対しては検出器が被検者に近いほど空間分解能が急速に下がってしまうため、検出器を被検者に近づけるのは難しいとされていました。
この課題を解決したのが、4層DOI検出器でした。細長いシンチレーターの間に入れる反射材の位置を工夫することで深さ方向が4段階で識別できるようになり、高分解能と高感度の両立を実現できました〈図3〉。
図3 従来型検出器と「Elmammo(エルマンモ)」に用いられている検出器の比較
左)従来と異なり、4層DOI検出器は深さ方向も識別できるようになった(提供:島津製作所)。右)従来、視野端では形態が不明瞭かつ歪んで見えた。4層DOI検出器では視野中心から端まで、まんべんなく明確に形態を捕捉できる(提供:島津製作所)
しかし、乗り越えるべき課題は他にもありました。
開発を担当した基盤技術研究所の北村圭司さんはこう明かします。
「実は、これは頭部の検査用に試作したもので、3mm程度の空間分解能を有していました。しかし、複雑な方式を使ってDOI技術を実現していたため、高コストであるうえ、PET画像の再構成にも長い時間を要するなど、あまり実用的ではありませんでした」
こうしたなか、2006年にNEDOの「悪性腫瘍等治療支援分子イメージング機器研究開発プロジェクト」に採択され、「近接撮像型部位別PET装置の開発」という研究開発項目で、さらに開発を進めることになります。
「NEDOプロジェクトへの参画に当たって、用途を頭部用から乳房用に変更しました」と北村さん。
その理由は主に3点ありました。まず、近年、乳がんの罹患者数が増加の一途をたどっていること。次に、早期の乳がんの10年生存率は約90%と比較的高いこと。そして3つめに、当時、米国では乳房専用のPET装置の開発が進んでおり、島津製作所としても4層DOI検出器を使えばこの分野に挑戦できると考えたこと。そう北村さんは振り返ります。
図4 新たに考え出された4層DOI検出器のアイデア
仕切りとなる反射材の位置を工夫し、1枚に重複しないマッピングを実現した
BREAKTHROUGH プロジェクトの突破口
全身用PET装置に比べ“2桁”も多いシンチレーター素子を搭載
NEDOプロジェクトで北村さんが最初に着手したのが、4層DOI検出器の改良でした。
まず、シンチレーター4層分の信号を1枚のマップに収めるアイデアをベースに検出器の改良を重ね、NEDOプロジェクト初年度となる2006年には、早くも世界最小サイズのシンチレーター素子合計4096個を4層に積み重ねた小型の4層DOI検出器を完成させています。
「シンチレーター素子がこの数になったのは、当時、64チャンネル分の受光位置を識別できる小型の受光素子を採用していたからです。米粒ほどの小さなシンチレーター素子を5cm角の受光素子に合わせて並べていくという作業は骨の折れる地道なものでしたが、プロジェクトの若手メンバーが頑張ってくれました」と北村さん。
全身用PET装置では、世界最高クラスの空間分解能を有する装置であっても、検出器モジュールあたりのシンチレーターの素子数は90個程度で、それを4チャンネルの受光素子で識別しています。それに対し、新たに開発した4層DOI検出器は、2桁も多い合計4096個のシンチレーター素子を搭載。しかもそれを、64チャンネルの受光素子で識別します。多チャンネルであるほど、多くのデータを収集できます。これにより、全身用PET装置に比べて、格段に高い空間分解能と感度を実現できる基盤が固まりました。
市販のじょうごを乳房に見立てて実験!?
「次に苦労したのが、64チャンネルの受光素子から受け取った信号を高速に処理するハードウェアの開発でした。まずは、64チャンネル分の信号を1つの半導体チップで処理しようということになり、専用の半導体チップ(ASIC)を新たに開発しました」と北村さんは語ります。
受光素子から発せられる信号は、通信などで通常使われている連続的なアナログ信号とは異なり、パルス信号です。そのうえ、体内に集積した放射性薬剤からガンマ線が発せられるタイミングはまちまちでばらつきがあります。その信号を検査中に高速で処理する必要がありました。
「実は、パルス信号をアナログ処理するというのは、かなり特殊な方法です。日本でもやっているところはほとんどないのではないかと思います。そこで、半導体メーカーなどに協力していただき試行錯誤を重ねた結果、どうにか専用の半導体チップを完成させることができました。あわせて、その信号をデジタル処理して光通信でパソコンに送信するシステム部品なども開発しました。これらの開発コストは相当な額で、NEDOプロジェクトでなければ到底実現できていなかったと思います」と北村さんは振り返ります。
壁はハードウェアだけではありません。受信した信号をPET画像に再構成するためのソフトウェアの開発も不可欠です。北村さんたちがこれまで開発してきた全身用PET装置と、今回のような乳房専用PET装置では、解像度と感度が異なるため、画像処理の方法もまったく異なります。そのため、画像処理システムについては1から開発する必要がありました。
「今回、ソフトウェア開発で最も工夫した点は、検出器モジュールによって得られたマップから、PET画像を再構成するための“テーブル”と呼ばれるデータを自動生成することでした。この技術により、高解像度なPET画像を高速で再構成することに成功しました」。こう語るのは、今回のプロジェクトでソフトウェア開発を担当した医用機器事業部の水田哲郎さんです。
こうして完成させた4層DOI検出器とファントム(模型)を使って、見事、直径1mm程度まで高解像度で画像化できていることを確認しました。世界最高水準の解像度と感度を確立した、世界初のDOI型部位別PET装置の開発に成功した瞬間です〈図5〉。
「それでも心配だったので、市販のじょうごを買ってきて、それを乳房に見立て、乳房ファントムを自作しました。そのファントムでも直径3mm以下の腫瘍を検出できることを確認したときは、胸をなでおろしました。全身用PET装置では1cm以下の腫瘍の検出は難しいことを考えると、これは非常に大きな成果であり、実用化への自信が強まりました」と北村さん。
図5 左)空間分解能3.5mmの全身用PET装置によるファントム模型の画像、右)空間分解能1.5mm以下の乳房専用PET装置「Elmammo(エルマンモ)」によるファントム模型の画像(左上最大直径から4.8mm、4.0mm、3.2mm、2.4mm、1.6mm、1.2mm)(提供:島津製作所)
開発のため協力してくれた京都の有名メーカー
臨床実験用試作機の開発を担当した医用機器事業部の田中和巳さんは、こう話します。
「当初、4層DOI検出器は、乳房をぐるりと囲んで配置した方が高感度に検出できると考え、リング状(O型)に配置することにしました。ところが、リング状に配置すると、脇の近くなど検出しづらい部分が出てきてしまうことが判明しました。そこで、腕を通すことで脇に近い部分も検出できるようCの形に検出器を配列した座位型(C型)にたどりつきました」〈図6〉
図6 2種類つくられた試作機
左)O型に検出器を配置した試作機の模式図。4層DOI検出器をリング状に配置している。 右)C型に検出器を配置した試作機の模式図(提供:島津製作所)
開発を行うメンバーはほとんどが男性だったため、女性にとっての検出器の最適な大きさや配置がわからず、マネキンを買ってきては試行錯誤を繰り返したといいます。そこで、同じ京都に本社をもつ大手下着メーカーである株式会社ワコールの人間科学研究所に北村さんが相談してみたところ、協力を申し出てくれました。
「女性モニターの方々には、研究開発への協力だけではなく、乳房専用PET装置そのものにも非常に高い関心を示していただけました。乳がん専用検査装置に潜在ニーズがあることを知ることができ、実用化に向けたモチベーションがより高まりました」。北村さんと田中さんはこう口を揃えます。
一難去ってまた一難
最適な画像の処理にも課題
2008年、これらの成果を基に、京都大学医学部附属病院内に設置された「分子イメージング集中研究センター」での臨床研究を開始しました。同センターは、京都大学が中心となり、PET装置など先端医療機器の開発体制を強化・発展させるために設置された施設です。2011年4月には、「先端医療機器開発・臨床研究センター」となっています。
「当初、撮像範囲が広くなる点を優先して座位型(C型)を開発しましたが、同センターでは、座る姿勢をとるのが難しい被検者の方もいました。また、乳がんの疑いのある方に対して診断を行うことから、臨床医の先生がMRIなどの他の診断装置の画像と比較しやすいことが必要でした。そのため、画像がゆがまず寝た姿勢で撮像できるうつ伏せ位型(O型)も開発しました〈図7〉」と北村さん。
図7 左)座位型試作機。右)うつ伏せ型試作機(提供:島津製作所)
並行して、水田さんは、臨床画像を基にソフトウェアの改良を進めていきました。
「単に解像度を上げればよいというものではありませんでした。臨床医の先生方が装置のユーザーですので、先生方がより腫瘍を見つけやすいような画像に仕上げなければなりません。臨床研究に当たり、これが最も苦労した点であり、大変勉強になった点でした」。水田さんはこう振り返ります。
また、商品化に向けては、京都大学医学部附属病院の被検者の方々に実際に試作機に寝てもらったことで、多くの貴重な意見が得られたといいます。
「最終的には約200人にも及ぶ被検者の方々にご協力いただきました。そのお陰で、検査を受ける方にとって非常に満足度の高い製品にまで仕上げることができたのではないかと思います」と北村さん。
こうしてさまざまな角度から改良に改良を重ねた結果、2014年8月19日、島津製作所は薬事承認(製造販売承認)を取得。同年9月4日にはついに、国内初の乳房専用PET装置「Elmammo(エルマンモ)」の販売が開始されることになりました。
FOR THE FUTURE 開発のいま、そして未来
製品化を達成、今後は海外市場も見据えて
4年間にわたるNEDOプロジェクト。北村さんは振り返ってこう話します。
「製品化を達成できた最大の要因は、NEDOプロジェクトに参加したメンバー全員の総力を結集できたことにあります。これが製品化のためのブレークスルーであったと思っています。確かに、4層DOI検出器は『Elmammo(エルマンモ)』の原点でした。しかし、半導体チップの開発やソフトウェアの開発など、何か1つが欠けていたら完成していなかったでしょう。また、従来の医療機器は、臨床医からの要望に応える形で開発を行いますが、今回は、私たちメーカーから医療現場への提案ということで、当社でもこれまでにない形の医療機器開発ができました。NEDOプロジェクトという公的な研究開発を通して実施できたことで、さまざまな立場の方たちから信頼を得ることができ、医工連携の臨床研究を進められたと思います」
田中さんもこう語ります。
「“技術ありき”で開発が立ち上がったこともあり、本当に社会のニーズに適したものをつくることができるのか、当初は正直、心配しながら見ていたところもありました。普段、メーカーは研究開発の過程で患者の方と直接接触する機会はありませんが、今回はワコール社のモニターの方々をはじめ、京都大学医学部附属病院の被検者の方々など、多くの女性の声に直接触れることができ、これが製品化をするうえで非常に大きな後押しとなりました」
水田さんもこう加えます。
「画像のチューニングには苦労しましたが、臨床医の先生方の評価をいただきながら改良を重ねていくことができたのは大変ありがたいことでした。この恵まれた研究開発環境は、NEDOプロジェクトだからこそだと強く感じました」
「Elmammo(エルマンモ)」の販売が開始されてから約1年半となる2016年。これまで難しかった初期段階の乳がんの検出率の向上に大きな期待が寄せられています。
「新規開発の技術が数多く搭載されており、高額で、まだまだ広く普及するまでには至っていないのが残念なところです。そのため、今後は普及に向けてさらなる開発に着手していく計画です」と田中さん。
図8 女性に配慮した清潔感あふれる検査空間のイメージ(提供:島津製作所)
図9 「Elmammo(エルマンモ)」とともに
右から北村さん、田中さん、水田さん
さらに今後、島津製作所では、国内だけでなく海外に向けても市場を開拓していく計画です。年々増加の一途をたどっている乳がんの早期発見・早期治療に対して、国内外を問わず貢献していこうというわけです。
最後に北村さんは、決意を新たにこう語ってくれました。
「NEDOプロジェクトを通して、多くの若い優秀な研究者が成長してくれました。このことも島津製作所にとって大きな財産となりました。これからも、次世代を担う若手研究者を育成しながら、新たな医用機器の開発にチャレンジしていきたいと思っています」
開発者の横顔
原点となった「4層DOI検出器」の生みの親
1994年からPET装置の研究開発に携わってきた北村さん。 「Elmammo(エルマンモ)」開発の出発点となった「4層DOI検出器」の生みの親の一人です。
「秋田県の脳血管研究センターに、PET研究で著名な施設があり、私たちは長年にわたり、その施設で共同研究を行ってきました。そこでは、施設の研究者からの要望に応える形で、PET装置の研究開発を行っていました。一方、乳房専用PET装置は、我々から『このような装置を開発したい』と提案して開発がスタートした初めての装置でした。そのため、ずいぶんと勝手が異なりましたが、無事実用化にこぎつけてほっとしています。今後も被検者の方々に喜ばれる医用機器を開発して、人々の健康に貢献していきたいと思っています」
株式会社島津製作所
基盤技術研究所
放射線デバイスユニット主幹研究員
北村圭司さん
回路設計などハードウェアを担当
「Elmammo(エルマンモ)」の開発では、検出器の回路設計などハードウェアを担当した技術者の田中さん。入社以来、PET装置の開発に携わってきたベテランです。
「NEDOプロジェクト開始当初は、北村が所属する基盤技術研究所が中心となって進めており、我々医用機器事業部は、どちらかというと研究のサポートといった立場でした。最初は、本当にこれが製品化までこぎつけることができるのだろうか、と多少心配しながら手伝いをしていました。しかし、高解像度なPET画像が撮れて、京大附属病院の臨床医の先生方がにわかに強い関心を示し始めた頃から潮目が変わってきたと感じました。今後も、より多くの方々に喜ばれるPET装置の開発に従事していきたいと思っています」
株式会社島津製作所
医用機器事業部技術部
MEシステムユニットPET・CTグループグループ長
田中和巳さん
ソフトウェア開発に従事、画像の高速処理を可能に
ソフトウェア開発を担当した水田さん。製品化に向けた動きが加速するなか、PET画像のチューニングに加え、臨床現場でより使いやすくシンプルなユーザーインターフェースをもつ医用機器の実現を目指し、制御用ソフトウェアの開発なども担当しました。
「今回、一番苦労したのはデータ処理の高速化でした。片側5分間、両側で10分間の検査時間内にデータ処理が完了しなければ、それがボトルネックになって検査時間が長くなってしまいます。ここまで高い解像度の画像処理を担当するのは初めてのことで苦労しましたが、その分、貴重な経験となりました。臨床医の先生方に高解像度の画像をお見せして、喜んでいただけたときは本当にうれしかったです」
株式会社島津製作所
医用機器事業部技術部
MEシステムユニットPET・CTグループ主任
水田哲郎さん
なるほど基礎知識
PET装置
近年、がんや生活習慣病の早期発見に役立つ検査装置として期待が寄せられているのがPET装置です。
PETとはポジトロン・エミッション・トモグラフィ(Positron Emission Tomography)の頭文字を取ったもので、日本語では、陽電子放出断層撮影といいます。ポジトロン(陽電子)を放出する薬剤を体内に投与し、その薬剤が身体のさまざまな部位に集まる様子を、身体の外からPET装置で撮像するというものです。
がん細胞は、増殖する際に正常な細胞よりも多くのブドウ糖を必要とします。そのため、ブドウ糖に類似した放射線を出す特殊な薬剤を体内に投与すると、がん病巣に集積します。その集積度の違いを画像化することで、小さながん細胞も発見することができるのです 。したがって、CTやMRIが病巣の“形態情報”を表すのに対し、PETは“機能情報”を表すことができるというのが特徴です。
薬剤から放出されるポジトロンは電子とすぐに衝突して消滅し、正反対の方向に2本のガンマ線を放出します。ガンマ線は、PET装置の検出器の中にあるシンチレーターと呼ばれる透明な結晶に入り、発光物質に衝突して微弱な光を発します。その光を高感度な受光素子で捉え、光電子増倍管を使って約100万倍の電気信号に増幅します。その信号をコンピューターで処理して画像化するというしくみです。
全身用PET装置の場合、全身の撮影ができるので、予想外の病巣を見つけたり、がんの転移を発見したりするのにも役立ちます。細胞の薬剤の取り込み具合から、化学療法や放射線治療が有効かどうかを判断することができるので、医師にとっては治療方針が立てやすくなるという利点もあります。
NEDOの役割
「悪性腫瘍等治療支援分子イメージング機器研究開発プロジェクト」
NEDOは本プロジェクトで、産学連携の橋渡し役となり医薬工連携を推進することで、医療の面と産業の面から、悪性腫瘍等を高精度に早期診断できる分子イメージング技術の発展を推進しました。
具体的には、京都大学医学部附属病院内に「分子イメージング集中研究センター」を設置。研究推進企画会議を定期的に開催して総合的な進捗管理を行うなど、本プロジェクトの共同研究プラットフォームである京都大学とプロジェクト参画企業との情報共有を図り、プロジェクトリーダーを支援する体制を構築しました。
これにより、臨床ニーズに即した機器開発と適切な評価と臨床研究(臨床データ)による機器の改良改善、機器に対応した分子プローブの開発・評価を推進しました。また、2008年度に中間評価を実施し、評価結果を踏まえて研究開発課題や最終目標を見直し、分子イメージング用分子プローブ製剤技術に追加予算を配賦して開発を加速させるなど、情勢変化に対応したマネジメントにより、プロジェクトを遂行しました。
関連プロジェクト
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今後の連載の参考とさせていただきます。