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超先端電子技術開発

HDDの高密度化・高信頼化を実現する、垂直磁気記録方式を製品化

株式会社日立グローバルストレージテクノロジーズ

取材:October 2010

INTRODUCTION 概要


記録密度の飛躍的向上
1平方インチ当たり 1ギガビット→52.5ギガビット

今ではHDD(ハードディスクドライブ)の記録は「垂直磁気記録方式」の時代に変わりつつありますが、この技術には1995年からのNEDOプロジェクト「超先端電子技術開発促進事業」が大きく寄与しています。本プロジェクトは大学等で長年研究されていた磁気記録関係技術をもとに、磁気ディスクメーカー等が連携して世界に先駆けて実証に成功しました。株式会社日立グローバルストレージテクノロジーズ(以下日立GST。当時、株式会社日立製作所)も、その新技術誕生の一翼を担い、大容量HDDを市場に送り出す力となりました。

BIGINNING 開発への道


情報化社会には欠かせない技術、それがHDD技術

世界規模で進展している情報化社会では、私たちが生成するデジタル情報は指数関数的に増大しているといわれています。それらの巨大化するデジタル情報の保存先として期待されているのがハードディスク装置(HDD)です。

HDDの用途は多岐にわたり、汎用コンピュータなどのIT機器はもちろんのこと、ハイビジョンテレビやカーナビゲーションといった家庭電化製品にも搭載されております。

このような将来の社会的なニーズを背景に、1990年代当初、HDD技術に対して更なる飛躍的な性能向上が求められておりました。しかし、その実現には従来技術の延長では困難であり、革新的技術の開発が必要不可欠とされていました。

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飛躍的に向上するHDDの記録密度。様々な技術的成果がそれを可能とした

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日立GSTが開発した、垂直磁気記録方式の2.5型HDD

目標は米国にもできなかった「垂直記録磁気方式」の実現

1990年代初頭、日本のHDD製造技術は米国に大きく遅れを取っていました。HDDの性能を左右する磁気ヘッドについていえば、最先端の技術を有する米国IBMに対して実に3年の遅れがあったのです。さらに、米国をはじめ海外諸国では国家規模での研究開発が進められ、その差は開く一方でした。

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MRヘッドの実用化では日本は米国IBMに3年以上遅れていた

そこで、こうした状況を打破し、日本が国際競争力を取り戻すことを目指し、1995年からおよそ5年間におよぶNEDOプロジェクト「超先端電子技術開発促進事業」が始まったのです。参画したのは日立製作所、富士通、東芝など当時の日本のトップメーカーによって構成された「技術研究組合超先端電子技術開発機構(略称ASET)」。事業目標はHDDによる磁気記録密度1平方インチ当たり40ギガビット(ギガは10億、以下、Gb)の実現です。1995年当時の磁気記録密度は量産品ベースで1平方インチ当たり1Gbであり、その目標はかなり挑戦的なものでした。

プロジェクトに関わった日立製作所 研究開発本部の主管研究長 城石芳博さんは「先行する米国にもできないことを実現しなくてはという気持ちの表れでした」と当時の状況を振り返ります。つまりこのプロジェクトの目標は「米国にもできなかった垂直磁気記録方式の実現」だったのです。

垂直磁気記録方式とは1977年に東北大学電気通信研究所の岩崎俊一教授(現東北工業大学理事長)、中村慶久教授(現岩手県立大学学長)が提唱した磁気記録方式で、これは当時主流であった面内磁気記録方式に比べ、磁気記録密度の飛躍的な向上が期待できる技術でした。

記録媒体に磁性体を水平方向に並べる面内磁気記録方式に比べ、垂直磁気記録方式は磁性体を文字通り垂直方向に立てて配置することにより、小さな面積により多くの情報を記録することができます(理論的には少なくとも1平方インチ当たり100テラビット(テラは1兆、以下Tb)。しかし、内部構造が複雑になるため量産化が難しく、発表から20年以上経った当時でも実用化されていなかったのです。

そこで、中村教授をプロジェクトリーダーとして、大学や研究機関が長期にわたって行ってきた基礎研究の知見と、企業が持っている実用化のためのノウハウを出会わせ、オールジャパンの体制を構築して研究開発を実施しました。企業間での情報共有も行い、非常に難しい技術課題に向けて一体となって取り組みました。

垂直磁気記録方式で世界に先駆けて
1平方インチ当たり52.5Gbを達成

本プロジェクトにおける最初の大きな成果は、1998年に発表されたGMRヘッド(※1)の製品化でした。先行していた米国IBMとほぼ同時期に実現できたのです。

(※1) Giant Magneto Resistive(巨大磁気抵抗効果)を利用したヘッドのこと。磁場により電気抵抗率が大きく変化する現象を利用して、HDDへの書き込み・読み取りを行う。

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GMRヘッドが搭載されたスイングアーム

そして2000年には、日立製作所らが垂直磁気記録方式を用いることで、1平方インチ当たり52.5Gbという当時世界最高の記録密度を持つHDDの実証に成功したことを発表します。それは日本が磁気記録技術で世界の頂点に立った瞬間でした。

その後日立製作所は、本プロジェクトの成果の製品化へ向け、2001年には垂直磁気記録技術を採用したHDDの試作を開始し、2004年末には1000台近いプロトタイプを試作。フィールドテストによる稼働実績を積むとともに徹底した信頼性試験と改善を繰り返すことになります。

そして2006年5月に垂直磁気記録方式を採用した2.5型HDDを発表。同年12月には累計で400万台を出荷する大ヒット製品となったのです。1977年に岩崎教授、中村教授が垂直磁気記録方式を発明し、その実用化研究を日立製作所が始めたのが1980年。それから実に20年以上を経ての成果でした。日立製作所および日立GSTはこの実績を高く評価され、「第53回(平成18年度)大河内記念生産賞」を受賞しています。また、HDD業界における日本メーカーの存在感も増すことができ、2007年当時は世界シェア32%と、米国勢への反撃を果たすことができました。

日立GST 経営企画室の森部義裕主管は「本プロジェクトでの研究成果はプロジェクトに関わる全員で共有できるようになっていました。大学や研究機関が長期にわたって行ってきた基礎研究の知見と、企業が持っている実用化のためのノウハウを出会わせる機会を用意してくれたのがNEDOだったのだと思います」と高く評価しています。

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垂直磁気記録方式のディスク、3.5型(手前)と2.5型(奥)

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2004年末に垂直磁気記録方式のプロトタイプとして試作されたHDD搭載のノートPC。稼働実績を蓄積するために1年にわたるフィールドテストが実施された

BREAKTHROUGH プロジェクトの突破口


日立製作所で1980年から始められ、NEDOプロジェクトを経て20年後に実用化された垂直磁気記録方式ですが、この新しい技術方式を実用化するまでにはいくつもの困難があったのです。

狭いトラック幅に対応した記録ヘッドの開発

垂直磁気記録方式では、大容量化に伴い、情報が記録される記録トラックの幅が狭くなってしまいます。さらに、情報の書き込みを行う細長い記録ヘッドが円弧を描いて動くヘッドアームに付いていることから、従来の長方形型記録ヘッドでは隣接するトラックに誤って書き込みしてしまう可能性がでてきます。そのため、本プロジェクトにおいて、記録ヘッド形状のシミュレーション及び実地テストを行い、台形という形状と最適な角度を決めることで、大容量化に伴う新たな課題の解決に成功しました。

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図1 開発プロセスの最大の課題は長期耐久性の確立。セルとセルスタックの構造(右)と、主な耐久試験項目(左)

記録媒体の二層構造によるノイズの抑制

垂直磁気記録方式では記録ヘッドから記録層に入射した磁界を再び記録ヘッドへと回収するために、記録層の下に軟磁性下地層(SUL)を新たに追加する必要があります(図2参照)。

しかし、このSULが水平方向に磁化してしまい、垂直方向への洩れ磁束が記録層の磁界と混合して磁気的なノイズとなることが実証実験を通して分かってきたのです。そのため、このSULの磁性的な安定が課題になったのです。

このような垂直磁気記録方式独特の課題をクリアするために、それまで単層だったSULを上下で磁化方向が異なる二層構造にすることで磁性的な安定状態を作り出すことを考案し、その結果ノイズの大幅な抑圧に成功したのです。

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図2:記録ヘッドと軟磁性下地層の関係

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図3:軟磁性下地層の二層化。軟磁性下地層を単層構造ではなく、上下で磁化方向の異なる二層構造にすることで磁性的に安定させている

ディスク各層の電位差を最小にして、異種金属接触腐食を防止

プロジェクトが終わり要素技術が確立された後も、製品化に向けた技術的課題はいくつも残されていました。垂直磁気記録方式では、記録媒体(ディスク)が20近い金属の層で構成されています。一般的に、異種金属が積層されると金属間に電位差が生じ、金属腐食が発生することが知られています。そのため、この異種金属接触腐食への対策も必要になったのです。

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図4:異種金属接触腐食のしくみ。種類の異なる金属を重ねていくと金属間に電位差が生じるなどして腐食しやすくなる。

プロジェクトに関わった日立GSTの高野本部長は、「私たちは耐食性向上に向けて、『素材表面のコーティング』という手段ではなく、『構造的に腐食しない金属の組合せの検証』を行うことにしました。臭いモノにふたをしても、何かの拍子に穴が空いてしまうとそこから腐食が始まってしまいます。そのため、長期にわたるデータ保存を確実なものにすることに重点を置いた開発に取り組むことにしました。」と腐食対策の基本方針について説明します。

そこで、記録媒体を構成する約20層の金属の組合せを再考し、金属間の電位差が最小になる組合せや配合する添加元素を工夫することにより異種金属腐食を防止したのです。この作業は、量産化の直前まで行われ、電気化学や物理学のエキスパートと協力し、スーパーコンピューターを利用したシミュレーションによりようやく決定することができました。この技術により、耐食性性能を1桁も飛躍的に向上させることが可能となりました。これは、データセンターなど、HDDのトラブルがビジネスに直結する条件でも安心して使えるように信頼性を特に重視して製品化に取り組んだ結果といえます。

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約20層もの金属層の耐腐食性能を向上したディスク(左)。
一見密閉状態に見えるHDDにも、気圧変化などのための外気が流れる、そのため筐体内の湿度を保つ除湿シート(右)も設置されている

FOR THE FUTURE 開発のいま、そして未来


NEDOプロジェクトでの実績をもとに、さらなる高密度化に挑戦

現在では、世界で生産されているHDDのほぼすべてが垂直磁気記録方式に切り替わっており、記録密度も1平方インチ当たり547Gbにまで達しています。

一方で、面内磁気記録方式が記録密度の限界を迎えたように、垂直磁気記録方式もまた記録密度の限界を迎えつつあることが指摘されています。その壁は1平方インチ当たり1Tbともいわれており、この壁を超えるためには新たな技術革新が必要とされています。そのため、現在では国内外を問わず、産学官の連携により更なる高密度化に取り組んでいるところです。NEDOでも2012年度末までに記録密度1平方インチ当たり5Tbの実現を目的に掲げた研究開発が行われています。

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生成されるデジタル情報量の変化。色で塗られた領域は、各ストレージ(HDD、フラッシュメモリ等)の記録容量を示している係。急増する情報量にストレージの製造総量が追いついていないことが分かる

開発者の横顔


垂直磁気記録方式の実現に懸ける

量質転化の法則のように、記録密度の向上が時代を変える力になると思います。

日立製作所研究開発本部主管研究長の城石芳博さんは1978年に入社。最初に関わったのが本プロジェクトのテーマである垂直磁気記録方式でした。本プロジェクトでも日立製作所の中心的存在として、プロジェクトの立ち上げ時から関わり、現在も磁気記録の研究開発を続けています。「脳の記憶単位であるシナプス総数は1000兆個ともいわれ、人はその1割程度しか使っていないという説もあります。もし、HDDで1Tb/in2(1平方インチ当たり磁石1兆個)の記録密度を達成し、脳の体積と同等のHDDを作ることができれば、人の記憶容量に並ぶことも可能です。神経節も1兆を超えると脳として機能するといわれていることから、これからHDDが益々大容量化すると、何か進化のようなことが起きるのではないかと、密かに期待しています」

※量質転化の法則:一定量の行為を積み重ねることで、その行為自体に質的な変化が起こる現象

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株式会社日立グローバルストレージテクノロジーズ
城石さん

垂直磁気記録方式HDDの実現により、巨大な米国市場ニーズに対応できます。

日立GST経営企画室の森部義裕主管は、1974年、日立製作所入社後、電子交換機の磁気ドラム開発以来、磁気媒体一筋で研究開発に関わってきました。記憶容量10メガバイト(メガは百万、以下MB)を超える特殊用途向けFD(フロッピーディスク)の開発や、垂直磁気記録方式FD製品化検証の試作品開発にも挑戦していた時期もあります。95年から4年間は米国市場で開発現場と営業の橋渡しを担っていました。「米国に渡って実感したことですが、とにかくデータセンターのサイズが違います。市場やお客様の数が違うから当然なのですが、日本の企業ももっとデータを蓄積・活用できるようにしたいと思っています」

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株式会社日立グローバルストレージテクノロジーズ
森部さん

大学時代からHDD一筋で取り組んできた甲斐がありました。

日立GST2.5型HDDプロダクト本部の高野公史本部長は、垂直磁気記録方式を発明した岩崎俊一教授の研究室(当時の東北大学)出身であり、1985年に日立製作所に入社。入社後は面内磁気記録技術の改良に関わり、米国ミネソタ大学に留学し、98年に帰国後、垂直磁気記録方式実用化プロジェクトのリーダーとなりました。そして2000年に磁気記録密度52.5Gb/in2を実証し、トロントで開かれた国際会議「Intermag2000」で発表することになります。「国際会議の会場は100人規模の会議室でしたが、私が発表する頃には立ち見の方だけでなく、部屋に入りきれない方も多数いたようです。恩師である岩崎教授も私の発表を聞こうと駆けつけてくださったのですが、人が多すぎて会場に入れなかったほどでした」

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株式会社日立グローバルストレージテクノロジーズ
高野さん

なるほど基礎知識


「面内磁気記録方式」と「垂直磁気記録方式」

HDDには、情報の書き込みや読み取りを行う「磁気ヘッド」と、情報を記録するための「記録層(ディスク)」があります。情報を記録する際には、磁性体(磁石になりやすい物質)が並べられた記録層に磁気ヘッドからの磁界を加えることで、磁性体を磁化させて記録します。つまり、HDDは、磁性体の磁化の方向の違い(磁石の向きの違い)により情報を記録しているのです。なお、磁気ヘッドが磁性体の磁化の向きを感じることで、情報の読みが行われます。

ちなみに、1平方インチ当たり1ギガビット(1Gb/in2)は1平方インチ当たり10億個の磁石が並んだ状態を、1平方インチ当たり1テラビット(1Tb/in2)は1平方インチ当たり1兆個の磁石が並んだ状態に対応します。

現在、HDDが採用する記録方式は、記録層内での磁界の向きにより二つの方式に分かれます。一つ目の方式が、磁気ヘッドからの磁界が記録層に対して水平方向に向かう面内磁気記録方式です。この方式は初期のHDDより50年近く採用されており、カセットテープやVTRといった他の磁気媒体でも用いられていることから、長年培われてきた実績があります。二つ目の方式は、磁界が垂直方向に向かう垂直磁気記録方式です。この垂直磁気記録方式は1977年に東北大学電気通信研究所の岩崎俊一教授(現東北工業大学理事長)、中村慶久教授(現岩手県立大学学長)が提唱されました。

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図a:面内磁気記録方式(左)と垂直磁気記録方式(右)の違い。垂直磁気記録方式では、記録層における磁化の向きが上・下を向いており高い密度で配列されている。磁気ヘッドからの磁界は記録層に対して垂直に向いており、その磁界を磁気ヘッドに戻すために、軟磁性下地層(SUL)が配置されている。

面内磁気記録方式では、磁気ヘッドからの磁界が記録層表面にとどまるため、記録媒体の構造を比較的簡単にできるのが特長です。しかし、この方式では磁石が水平方向に配置されるため、隣り合うN極とN極、S極とS極とが反発し、磁気的には不安定な状態が続くことになり、データの長期保存には向かないともいわれています。

それに対して垂直磁気記録方式では、隣り合う磁性体が互いに垂直方向に配置されるため、互いに引き合うN極とS極が隣り合うこととなり、磁気的に安定した状態を長期間継続できるのです。また、磁性体を垂直方向に並べることにより、高密度化にも非常に有利となります。しかし一方で、磁気ヘッドからの磁界を垂直方向に送り込むため、記録層を通過させてから再び磁気ヘッドに戻す必要があります。このため、記録層の下側に下地層(軟磁性下地層、SUL)を追加する必要があり、構造が複雑になります。高密度化・磁気的安定の点で面内磁気記録方式に対して有利さはあったものの、この構造の複雑さのために、量産時に一定の品質を保つことが難しく、その原理を発表されてから20年以上実用化が困難な状況にありました。

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