NEDO Web Magazine

材料

高性能、高機能真空断熱材の実証研究

真空断熱材が住宅の省エネにも貢献

パナソニック株式会社

取材:November 2010

INTRODUCTION 概要


同じ断熱性能での厚み比較
グラスウール 100mm
ウレタンフォーム 50mm
真空断熱材(U-Vacua) 4mm

近年、住宅の省エネ改築などが「住宅エコポイント」の対象になりました。現在、日本には低断熱な既築住宅が3500万戸あるといわれています。また新築住宅も毎年60万戸建てられています。これらの住宅の高断熱化が進めば、エアコン等の消費電力を低減できるなど大きな省エネ効果が期待できます。今まで壁などの住宅用断熱材にはグラスウール、硬質ウレタンフォームなどが使われてきましたが、究極の断熱は「真空」にすることです。パナソニックは冷蔵庫やジャーポットなど家電製品で培ってきた真空断熱材技術をもとに、住宅建材などの異分野にも参入するため、NEDO「エネルギー使用合理化技術戦略的開発」などによって実用化を進めてきました。

BIGINNING 開発への道


4mmで100mmのグラスウールと同性能の真空断熱材

パナソニックで真空断熱材の研究開発が始まった背景には、70年代から80年代にかけての冷蔵庫の大容量化があります。冷凍室を備えた2ドアの大型冷蔵庫が家庭で普及し始めると、同じ製品の大きさでも収納容量を大きくできる、高い断熱性能と薄さを兼ね備えた新しい断熱材の必要性が高まってきました。

さらに90年代には、フロンによるオゾン層破壊の影響が指摘されるようになりました。冷蔵庫には冷媒よりも多くのフロンが断熱材の発泡剤として使われていて、冷媒同様、廃棄の際のフロン処理が大きな課題になっていました。

家電メーカー各社では代替フロンの開発を推進していましたが、代替フロンはオゾン層を破壊する心配はないものの、温暖化係数が高いことが問題でした。そこで、パナソニックでは、「冷媒にも断熱材にも代替フロンさえ使用しない、完全なノンフロン冷蔵庫を作る」と宣言しました。

当時としては、無謀とも思われるこの挑戦を可能にしたのが世界最高レベルの断熱性能を誇る充填真空断熱材「U-Vacua」でした。真空断熱材は「ノンフロン」な断熱材の実現を可能とすると同時に、飛躍的な断熱性能の向上により電力消費を抑えることができることから、省エネルギーでもあります。パナソニックでは、2002年10月に真空断熱材「U-Vacua」を用いたノンフロン冷蔵庫を発売しました。

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「U-Vacua」ラミネートフィルムの内部はグラスウールの多孔質構造

このノンフロン冷蔵庫は同社の従来機種と比較して41%もの消費電力の削減を可能にしました。これだけの省エネを実現できたのは、新たに搭載したノンフロンの高効率コンプレッサーの存在に加え、何よりも真空断熱材「U-Vacua」の寄与が大きい言えます。

グラスウールの芯材をラミネートフィルムで包み、その内部を真空の多孔質構造にすることで高い真空空間率(90%超)を作り出し、真空による高断熱化を実現したのが「U-Vacua」です。わずか4mmという厚さで、100mmの厚さのグラスウールと同じ断熱性能を発揮します。

パナソニックでは「U-Vacua」の前にも、「S-Vacua」という真空断熱材の開発に成功していました。しかし「S-Vacua」は、紙すき技術を応用した抄造法という非常に手間のかかる製法で製造しており、また、芯材に特殊な微細グラスウールを使用していたため、コストが非常に高いという問題がありました。そのため「U-Vacua」では、抄造法より製造が非常に簡易な独自の加熱圧縮成型法を確立すると同時に、より低コストな汎用グラスウール芯材を採用しました。その結果、コストが1/2になった上、グラスウール繊維の配向度が高くなり、「S-Vacua」の2倍の性能を得られるようになったのです。

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図1:「U-Vacua」の冷蔵庫適用例。

ノンフロン冷蔵庫の発売後、「U-Vacua」はその断熱性能の高さと薄さから、他業種にも注目されるようになりました。そこで、パナソニックでは、真空断熱材技術の更なる用途拡大に向け、家電製品以外の分野への展開を模索し始めました。

開発の責任者であるパナソニック株式会社ホームアプライアンス社技術本部の上門一登さんは当時を次のように振り返っています。

「冷蔵庫開発を目的としたものでは限界があります。あえて異分野に挑戦することで、新しい視点を得てさらに進化できる可能性が出てきます。家電製品の枠を超え、社会や世の中に向けた基盤技術として真空断熱材を開発していきたいと考えました。」

冷蔵庫から住宅分野へ、広がる用途応用

「U-Vacua」の応用先としては、様々な分野が考えられます。そんな中、最初の応用先として検討されたのが省エネ効果の高い住宅でした。

まずは、浴室や床暖房など工場内で量産ができる設備機器への適用を目指し、沸かし直さなくても冷えにくい高性能保温浴槽や床下への放熱ロスを50%カットできる電気床暖房などへの適用に成功しました。

次に、壁や屋根などの建材分野での適用に向け、建材用断熱ボードの開発に当たり、NEDOプロジェクトに参加することとなりました。住宅断熱材分野に関するノウハウを持たない家電メーカーのパナソニックでも、NEDOプロジェクトとしてスタートすることで、「社内的にも住宅用真空断熱材の研究開発に取り組みやすい環境を整えることができました」と上門さんは話します。

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図2:新規住宅断熱分野への展開ビジョン。真空断熱材によって家自体の断熱性能向上を目指す

薄くて軽いハイブリッド断熱ボード「ブイパックボード」発売

パナソニックでは、NEDOプロジェクトの研究開発パートナーである建材メーカーのアキレスと協力し、新築用建築ボードを開発。2008年にはアキレスからハイブリッド断熱ボード「ブイパックボード」が発売開始されました。

「ブイパックボード」は、硬質ウレタンボードの内部に「U-Vacua」を複数枚配置したもので、従来の硬質ウレタン断熱ボードの1/2の厚さで同じ断熱性能を保つことができます。また、断熱ボードが薄くなることで開口部の補助部材の削減、隣接住宅とのスペースの確保、居住空間の快適性保持など、様々なメリットが期待できます。

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写真左:従来のグラスウールを使った場合の壁材内部構造。写真右:「U-Vacua」を使った場合の壁材内部構造。断熱材が薄くなって空いた壁内部のスペースは配線などに活用できる。

既築住宅でも断熱改修が容易に

既築住宅に対する断熱改修が容易になります。現状、断熱改修を行う場合には、家の外に足場を組んで外壁と床下に断熱ボードを貼り付けるのが一般的です。この改修は非常にコストがかかり、対応に大変です。その点、真空断熱材であれば、室内から貼り付けてもあまり部屋を狭くすることがなく、それでいて断熱性能を十分高めることが可能なのです。

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薄くて断熱効果の高い真空断熱材なら、内側からの改修が可能。

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図3:真空断熱材の省エネ性能推算

BREAKTHROUGH プロジェクトの突破口


パナソニックでは85年頃から研究開発が進められてきた真空断熱材技術ですが、ある程度の性能が得られるまでには15年ほどかかっています。その15年間、様々な芯材を検証し、固形化したグラスウールが最適だという結論に達しました。

熱を伝えにくい芯材を探し、グラスウールに辿り着くまで

真空断熱材の性能を高めるカギとなるのは「芯材」です。当初、開発にあたって参考にしたのは魔法瓶でした。スチールの二重構造である魔法瓶は、その間の真空にすることで高い断熱性能を発揮します。しかし、平面において真空状態を維持するにはどうすればいいか、芯材選びに関して、試行錯誤が続きました。

初めは「蛍光灯の内部は真空なのだから蛍光灯を入れてみてはどうか」というアイデアが出され、実際に蛍光灯を入れてみましたが、蛍光灯のガラス表面を通して熱が伝わってしまうため、断熱材としては使い物になりませんでした。他にも、ラミネート包装の中に多孔質の粉末を充填する方法が試され、一般的な多孔質系材料であるパーライト粉末やシリカ粉末(A-Vacua)が実用化されたこともあります。しかし、たまたま入れてみた抄造法のグラスウール板が予想以上の断熱性能を示し、以降グラスウールに絞って真空断熱材の開発を行っていきました。

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「U-Vacua」の芯材はパイ生地のような多層構造のグラスウール

バラバラな繊維を層状に整える加熱圧縮製法

高い断熱性能を示すためには、芯材の中にできるだけたくさんの隙間を作り出し、真空度を高めなければなりません。また、繊維がバラバラの方向を向いていると熱を伝えやすくすることが分かったため、繊維の方向を整えるための試行錯誤が続きました。

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図4:Vacuaの進化(U-VacuaI)ポイントは繊維を層状に配列固定し、バインダーを使わないこと

当初はランダムでも比較的良い性能の出る1.5μm程度の微細なガラスウールを使っていたのですが、特殊な繊維ですので、それではコストがかかりすぎてしまいます。開発を進めるうちに、半分程度のコストで済む4.0μm程度の汎用グラスウールでも使えるようになりましたが、バインダー(結着剤)を使わなければ繊維を配列固定化することができず、バインダーを使えば、それだけ空隙率が下がることになってしまうという問題がありました。

そして最終的に落ち着いたのが、繊維を加熱圧縮するという方法でした。加熱圧縮することにより、繊維が層状に固定化し、しかも繊維同士が点接触でまとまるため、以前よりも熱抵抗が大きく、結果として断熱性能も高まるということが分かりました。アイロンをかけて布のシワをとるようなイメージです。そうやって熱圧縮をした上でラミネートフィルム袋に入れて真空状態にして、開口端を熱圧着すれば真空断熱材が完成します。

専用ガラス繊維を開発し、さらに進化を遂げる「U-Vacua」

2002年に「U-Vacua」は完成しましたが、その後も進化を遂げています。バインダーを使用していたVer.I、加熱圧縮製法を適用したVer.II、Ver.IIIでは吸着性能を高めることでさらに高い真空度を実現し、断熱性能もアップしました。Ver.IVになると専用グラスウールの開発にも着手し、さらに熱抵抗を向上させることにも成功しています。また、Ver.IからVer.IVにかけて、汎用ウレタンに比べて厚さも1/20程度に薄くなっています。

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図5:従来断熱材との断熱性能比較。NEDOプロジェクトとして開発されたのがVer.IIIとIV

より使いやすく、さらに進化した「Chip-Vacua」

いくら優れた断熱材であっても、すぐに建築現場で活用できるとは限りません。真空断熱材には「絶対に穴を開けてはいけない」という大前提があります。真空断熱材は少しでも穴が開けば真空ではなくなり、断熱性能も一気に下がってしまうからです。

ところが、実際に建材として使ってみようとすると、工務店の大工さんたちが予想以上に無造作に釘打ちをしていることが判明しました。そこで、建築施工の現場を知ることが、真空断熱材の開発にとって急務となりました。

そこでNEDOプロジェクトでは、ハウスメーカーの協力の下、住宅部材・建材に適した形状を検証してきました。そうした工夫から生まれたのが、真空断熱材の未溶着部を熱溶着して、10cm角の多分割気密構造にした「Chip-Vacua」です。

これならば、たとえ1ヶ所に穴が開いたとしても、他の部分の真空状態を保つことができ、形状によっては、折り曲げたり丸めたりといったフレキシブルな形状が可能になります。住宅用部材・建材としての使いやすさも一気に高まりました。

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(左)多分割気密構造の真空断熱材「Chip-Vacua」。万一、一部損傷しても他には影響がない
(右)フレキシブルな形状を実現できるのも「Chip-Vacua」ならでは

実験住宅による実証実験で施工課題に挑む

2005年からはNEDOの「住宅建材向け実証実験」をスタートしました。アキレスと共同で新築住宅向けのハイブリッド断熱材を開発すると同時に、アキレスの滋賀工場内にハイブリッド断熱材を使用した住宅と2倍の厚みを持つウレタン住宅の2棟の実験住宅を建築しました。

この実験住宅では施工のしやすさを検証し、建築後のQ値(熱損失係数)を測定。その結果、2棟ともほぼ同等のQ値を確保することが分かりました。形状に関しては、家の数だけ施工法があるというほど建材の標準化は難しいとされていますが、「大工さんが釘打ちしやすい外観仕様」や「扱いやすいサイズ」などを分析したことで、2008年アキレスにてハイブリッド断熱材「ブイパックボード」の商品化が実現しました。

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アキレス滋賀第2工場内に建設された実験住宅

FOR THE FUTURE 開発のいま、そして未来


NEDOプロジェクトをきっかけに建材メーカーと協力

家電から住宅建材、さらに幅広い用途応用へ、NEDOプロジェクトを通じて確かな手応えを感じたという上門さん。「パナソニックだけで住宅分野に参入するのは難しかったはずですが、NEDOプロジェクトということで思い切って進めることができました。研究開発に関するリスク分散ができたことがかなり大きかったと思います」と振り返ります。

実は「建材としてのニーズはあるのか」という不安もあったそうですが、NEDOプロジェクトを通じてターゲットが明確になり、建材メーカーのアキレスとも高い目標に向かって共同で開発に臨むことができました。その結果がハイブリッド断熱材の発売としいう形で結実したのです。

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真空断熱材「U-Vacua」を使用した日本初のハイブリッド断熱ボード「ブイパックボード」

省エネ大賞受賞や洞爺湖サミットでの展示など数々の高評価

NEDOプロジェクトの展示会等を通じて多くの人に知られるようになったパナソニックの真空断熱材は、国からも認められるものとなり、2006年には「平成18年度省エネ大賞」で「経済産業大臣賞」を受賞。2008年に行われた北海道洞爺湖サミットでも、国際メディアセンター内の「ゼロエミッションハウス」にてハイブリッド断熱ボードが展示されるなど、期待の高さがうかがえました。2010年には日本全国の工務店向けに行われる講習会のテキスト『既存住宅の省エネ改修ガイドライン』に施工例が掲載されました。

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『既存住宅の省エネ改修ガイドライン』に掲載されたことで、全国の工務店の認知度アップが期待される

しかし、現状には満足していないという上門さん。「真空断熱材の断熱性能はまだ高めることができる。現行の次世代省エネ基準なら今の建材でクリアできますが、ポスト次世代省エネ基準、さらにその先の無暖房住宅まで考えれば、まだまだ性能は高めなければいけません。既存の3500万戸の断熱改修に向けて周知活動を徹底する必要もありますし、真空断熱材のニーズはさらに高まっていくのではないでしょうか。」(2010年11月取材)

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真空断熱材はヒートポンプ式電気給湯器にも使用され、省エネに貢献

開発者の横顔


目に付くものは全部断熱したくなる。我が家も自力で断熱済みです

パナソニック株式会社ホームアプライアンス社 技術本部の上門一登さんは1976年に入社したその日から断熱材の研究開発に携わっています。

当時はまだ断熱材黎明期で、断熱性能を高めることを始めたばかりでした。しかし、上門さんはその課題の虜になってしまいます。「その頃はウレタンのきめを細かくして断熱性能を高めようとしていました。毎朝、食パンを食べようとするとパンの表面に目がいってしまい、どうやったらウレタンの気泡をこれぐらい細かく出来るかを考えながら出社するという毎日でした」

80年代はじめに、真空が断熱性能を高めるというアメリカの論文を目にしてから真空断熱材の研究開発が始まります。その頃はウレタン断熱材が主流だったので、あえて真空断熱材というライバルを自分の中で設定し、その2つを戦わせることでウレタン断熱材の性能を高めていきました。しかし90年代半ば頃からこの関係が逆転、真空断熱材が研究の中心になりました。

"寝ても覚めても断熱材"という姿勢は今も変わらず、目に付くものは全て断熱したくなってしまうという上門さん。冬になると冷え込みが厳しい我が家にも真空断熱材のサンプルを持ち帰り、自力で床と壁の断熱改修を行ってみました。その効果のほどは「かなり暖かくて快適。自ら体験しているのですから、自信をもっておすすめできます」とのこと。

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パナソニック株式会社
上門さん

なるほど基礎知識


断熱材の進化と真空断熱材の可能性

断熱材の歴史を見てみると、90年代にフロン(CFC)を使用した硬質ウレタンフォームが環境への影響から使用されなくなりました。そのため、ノンフロンタイプの硬質ウレタンフォームが開発されましたが過去のフロンタイプに比べると断熱性能は劣り、高性能化は困難となりました。

住宅分野では、ある程度の厚みがあれば十分な断熱性能を示すことができるグラスウールや発泡スチロール、硬質ウレタンフォームなどが広く使われています。将来的には、省エネや省スペースの点から、より高性能化が課題です。

パナソニックによって実用化された真空断熱材は、真空に近い状態まで気体を減圧することで熱を伝わりにくくする断熱材です。ノンフロン冷蔵庫というミッションをきっかけに開発が加速した真空断熱材は、時代の要請を受けて進化した断熱材の究極の形だといえます。

冷蔵庫、ジャーポット、住宅用部材・建材へと真空断熱材の用途事例は広がっていますが、その範囲はさらに広く、宇宙にまで達しています。

身近なところでは、「Chip-Vacua」を入れたジャンパーが実用化され、雪用長靴も実用化直前まで進められました(実用上の課題があり、実用化には至りませんでした)。また、JAXAのプロジェクトで、ロシアの有人宇宙船ソユーズが地球に帰還する際に、船内の特殊な精密実験機器が大気圏に突入する際の温度変動影響を受けないように、「U-Vacua」で覆って地球に戻ってきたといいます。

これからどこまで応用範囲を広げることができるのか、その可能性の広さを考えるだけでも楽しくなってきます。

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図A:断熱材料の革新。時代のニーズに合わせて進化を遂げた断熱材。新しい素材が生まれるたびにその性能は約2倍になっている

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現在も冷蔵庫にはウレタンフォームが使われているが、真空断熱材「Chip-Vacua」との厚みの差は歴然

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