CONTENTS
INTRODUCTION
イントロダクションBEGINNING
太陽電池の性能を高めるものづくりの技術
BREAKTHROUGH
プロジェクトの突破口FOR THE FUTURE
世界で、日本で、使われる微結晶タンデム型太陽電池
FACE
どこでも電力を平等に得ることができる太陽電池、これはすごいことです。
INTRODUCTION 概要
太陽電池を製造する優れた装置がなければ、性能の良い太陽電池を作ることはできません。日本の技術の強みである、"ものづくり"の視点から太陽電池の開発、製造に取り組んでいるのが三菱重工業株式会社です。太陽電池製造のスピードアップや大面積化、さらに二種類の太陽電池を積み重ねた「タンデム型」で変換効率だけではなく製造効率も飛躍的に向上させることに成功しました。これから世界中で太陽電池が製造されるようになれば、求められるのは高性能の製造装置。三菱重工業では、プラントメーカーならではと言える独特のアプローチで太陽電池研究開発の取り組みを続けています。
BIGINNING 開発への道
太陽電池の性能を高めるものづくりの技術
再生可能エネルギーとして有力視されている太陽電池の国内外での需要は今後ますます加速すると考えられています。太陽電池も市場に出まわる製品です。製品コストをおさえられれば、より多く普及が見込まれます。また、合わせて発電コストも安価で済むようになります。
太陽電池メーカーによるコスト面をおさえるための競争では、光エネルギーを電気エネルギーにどれだけ効率よく換えられるかを示す「変換効率」にとりわけ注目が集まってきました。
しかし、変換効率のほかにも、太陽電池のコストを決める要素は数多くあります。太陽電池をいかに大面積で作るか、いかに短時間で作るか、いかに工場の稼働を止めることなく作るかなどです。
これらの多くは、太陽電池のものづくり技術がどれだけ進歩しているかにかかっているといえます。
三菱重工業は、これまで船舶、航空機、産業機械などの「機械を作る機械」を開発製造する技術を培ってきました。そのものづくりを支える技術を活かして、製造装置の開発も含めた太陽電池の生産に取り組んでいます。
長崎県諫早市の工業団地内にある、三菱重工業長崎造船所諫早工場。
同社の太陽電池製造と研究開発の拠点。広大な工場屋根全体に自社製太陽電池を敷き詰めてあり、その発電規模はメガワットクラス
少ない材料で済む薄膜シリコン系の開発
三菱重工業は、一貫して「薄膜シリコン系」とよばれる太陽電池の開発、生産を行ってきました。薄膜シリコン系太陽電池は、多くの太陽電池に使われているシリコンという半導体材料を、より少ない使用量で済む薄膜にして活かすタイプのものです。
2002年には、この薄膜シリコン系太陽電池の一種である「アモルファスシリコン太陽電池」の生産を始めました。また、2007年には、同じく薄膜シリコン系太陽電池に分類される「微結晶タンデム型太陽電池」を発売しています。いずれも、NEDOの太陽光発電関連事業により三菱重工業が自社開発した太陽電池製造装置で生産したものです。
三菱重工業の開発した、大面積微結晶タンデム型太陽電池
暑さにも影にも強い太陽電池
アモルファスシリコン太陽電池や微結晶タンデム型太陽電池の特長の一つは、「暑さに強い」ことです。太陽電池に使われている結晶シリコンの半導体は、高い温度環境下だと発電効率が悪くなってしまう性質があります。
一方、三菱重工業の手掛ける太陽電池は高温でも発電効率はさほど下がりません。夏場などの暑い気候では結晶シリコン太陽電池よりも年間発電量が5%ほど高くなります。
「影の影響を受けにくい」という点も三菱重工業の太陽電池の特長です。一般的な結晶シリコン太陽電池では、30ボルトのモジュールを10枚並べることで300ボルトの電圧を得ようとします。このとき1枚でも影に隠れると残り9枚も連鎖的に影響を受け出力が低下してしまいます。
一方、三菱重工業の太陽電池システムでは、太陽電池の大面積化で、一つのモジュールあたりの動作電圧を100ボルトまで高めることができました。そのモジュールを3枚直列で並べる方法で300ボルトの電圧を得ます。同じ300ボルトの発電システムでも、30ボルトを10枚並べる方法と比べて影により出力の低下したモジュールが影響を及ぼすモジュール数が限られるため、全体として出力の低下を軽減することができます。電池が高電圧であるため電池の直列接続数を少なくでき、影による電圧低下の影響を局所化できるのです。
図1 微結晶タンデム型太陽電池と結晶シリコン太陽電池の年間発電量の差。微結晶タンデム型はとくに夏場の発電量が高い(資料提供:三菱重工業)
図2 影による出力低下の影響が小さい三菱重工業の100V太陽電池(資料提供:三菱重工業)
製造スピード、大面積化などで低コスト化
これらの特長をもつ太陽電池を、三菱重工業は自社で開発した製造装置を使って作っています。自社のものづくり技術を太陽電池製造装置の開発にも活かした形です。
アモルファスシリコン太陽電池では、大面積の製膜が可能なプラズマCVD 装置の開発に 取り組みました。従来の装置では、装置の中で13MHz(メガヘルツ)という高周波数電力でプラズマを発生させていました。
一方、三菱重工業は、13MHzよりも高い周波数でプラズマを発生させるCVD装置の開発を目指しました。周波数を高くすることにより製膜スピードを上げることができますが、同時に周波数が高くなると膜が不均一になるため、これが大面積化を阻む壁となっていました。
三菱重工業は、NEDOの「太陽光発電システム普及促進型技術開発」(2000~2001年度)でこの課題に取り組み、60MHzというFMラジオに近い高周波でプラズマを発生させ、1.4m×1.1mの大面積の太陽電池を製造する技術を確立しました。
また、次の段階として狙いを定めた微結晶タンデム型太陽電池の製造装置開発では、NEDOの「先進太陽電池技術研究開発」(2001〜2005年度)のもと、産業技術総合研究所と共同で製膜スピードを高める技術の開発に取り組みました。
プラズマCVD 装置の製膜スピードを上げるため高周波の電力を強くすると、熱の発生によってガラス基板が熱変形してしまいます。そこで、基板の温度を一定に保つため、熱媒を使って電極を冷やす技術を確立しました。これにより、ガラス基板を変形させることなく高い電力を使えるプラズマCVD装置を開発し、微結晶タンデム型太陽電池の製膜を、従来の約5倍のスピードで行うことができるようになりました。また、実生産の歩留まりは97%にも達しています。
長崎県諫早市の長崎造船所内にあるアモルファスシリコン太陽電池製造用のプラズマCVD装置。星形なのは、直列でラインを長くしないためと、ラインの1工程がストップしても影響を最小限にするため
図3 基板を冷却して温度を一定に保つことによりガラス基板の歪みを防ぐ(資料提供:三菱重工業)
三菱重工業の微結晶タンデム型太陽電池は熱の影響を受けにくいため、屋根との隙間をあまり空けずに設置することができる
産業技術総合研究所が開発した高品質の微結晶シリコン薄膜を作製する技術を三菱重工業が大面積製膜に適用した取り組みは、内閣府などの主催による産学官連携功労者表彰の日本経済団体連合会会長賞も受賞しています。
原動機事業本部再生エネルギー事業部太陽電池事業ユニット主幹技師の山内康弘さんは、「太陽電池の低コスト化は、変換効率のほか、製造スピード、基板サイズ、製造装置の稼働率、歩留まりといった各要素を掛け算して実現するもの。そのため、太陽電池の高品質化・高性能化・大面積化を実現するプラズマCVD装置づくりを考えてきました」と話します。
BREAKTHROUGH プロジェクトの突破口
アモルファスシリコン太陽電池のプラズマCVD装置の開発では、60MHzの高周波でプラズマを発生させることが製造能力アップにつながりました。このプラズマCVD装置の技術開発にも、ものづくりのブレークスルーがありました。
山内さんらは、アモルファスシリコン太陽電池のプラズマCVD装置を開発するにあたり、大面積高速製膜のためには高周波のプラズマが必要であることから、電極に給電する方法をいろいろ試して実験をしていました。しかし、プラズマを均一に発光させることができませんでした。
図4 位相(波のあり方)を変えることでプラズマの発生位置を制御することができる(資料提供:三菱重工業)
「何ヶ月も試行錯誤を繰り返していたあるとき、開発していたプラズマCVD装置への電力供給が足りなくなったことがありました。そこで、異なる二つの電源を使って上側と下側のプラズマをそれぞれ発生させることにしました。すると、プラズマが急に均一に発生するようになったのです」
上側と下側で異なる電源を使うと、60MHzの周波数がそれぞれ微妙にずれます。この波の"ずれ"を利用することで、両側からの波が重ならず、いつでもどこでも波が発生している状態を作ることができます。これが、プラズマ発生を制御する技術へとつながりました。
「私たちは"機械屋"が多いので、装置の中がどうなっているのか様子を見たかったのです。装置を可視化できるよう窓を付けたために、プラズマの生成状況を見ることができました。見ることの価値は大きいと思います」と、山内さんは話します。
FOR THE FUTURE 開発のいま、そして未来
世界で、日本で、使われる微結晶タンデム型太陽電池
現在、三菱重工業の製造する太陽電池の主力は、アモルファスシリコン太陽電池と微結晶シリコン太陽電池の膜を重ねた、微結晶タンデム型太陽電池です。再生可能エネルギーの固定価格買取り制度をいちはやく導入したドイツやスペインなどに向けての輸出が進んでいます。
日本でも、テーマパーク、教育施設、三菱重工業の全国事業所など、様々な場所で微結晶タンデム型太陽電池が電気を作り出しています。山内さんは、「太陽光エネルギーの買取り制度が始まった日本でも、今後、農家の休耕地利用などによる太陽電池の普及拡大がありうると思います」と期待を寄せます。
NEDOの太陽光発電関連事業をはじめとする産学官連携により、三菱重工業は太陽電池開発の大面積化と高速化を進めてきました。今後の課題は、変換効率の向上と山内さんは言います。「微結晶タンデム型太陽電池のさらなる開発で、シリコン系太陽電池の高効率化を図っていかなければなりません。特にアモルファスシリコン太陽電池の高品質化は日本の技術の優れている部分。技術力で海外との差をつけていけたらと思っています」(2010年3月取材)
微結晶タンデム型太陽電池をはじめ、三菱重工業グループの環境製品を組み合わせて、神奈川県横浜市で実証実験中の「エコスカイハウス」。実際に家族が暮らして、各製品の効果を検証している
諫早工場内にある全国の三菱重工業事業所に設置された太陽電池の発電量モニター
長崎県佐世保市の「ハウステンボス」では、経済産業省の「次世代エネルギーパーク」事業の一つとして、三菱重工業製の微結晶タンデム型太陽電池を園内(左)や駐車場(右)などに使用している。
設置枚数は約7,000枚、900kWの発電能力があり、施設全体の年間電力使用量の2~3%を賄っている
開発者の横顔
どこでも電力を平等に得ることができる太陽電池、これはすごいことです。
三菱重工業太陽電池事業ユニット主幹技師の山内康弘さんは、ものの燃え方を研究して技術に活かす燃焼工学を専攻していました。三菱重工業は、ボイラーや焼却炉などの各種燃焼装置を製造しており、山内さんの研究知識が活かされてきました。
その後、燃料電池の開発を経て、製造装置も含めた太陽電池の開発に取り組んでいます。三菱重工業の太陽電池の寸法である「1.4m×1.1m」は山内さんたちのグループが考案したものです。製造効率や設置の時に一人で運べる重さと大きさなどを考慮した結果ですが、このサイズは国際的にも主流になり、標準化の動きもあります。
太陽電池の魅力とは何か、山内さんに尋ねてみました。「従来の方法で電気を得るには、燃料を集めて燃やして蒸気を作ってタービンを回し発電機を回さなければなりませんでした。それには、資源採掘から、タンカーなどの運搬手段、精油所、発電所、送電線など、気の遠くなるほどの機械や人手がいります。それが、太陽電池は1マイクロメートルに満たない膜の中で電気を起こすのです。しかも、太陽さえ照れば、天然資源のあるなしにかかわらず、どの場所でも電力を平等に得ることができます。長年、燃焼と電力に関わってきた者からすると、何か納得いかない気もするほど簡単なプロセスで発電できる太陽電池はすごいと思いますね」
三菱重工業株式会社
山内さん
なるほど基礎知識
「アモルファスシリコン太陽電池」と「微結晶タンデム型太陽電池」
「アモルファス」は、英語で表すと"amorphous"。「形をもった」という意味の"morphous"に「何々でない」という接頭辞の"a-"が付いたもので、「整っていない」という意味になります。
太陽電池や半導体に使われるシリコンは分子がきれいに並んだ結晶の状態で使われる場合もありますが、アモルファスシリコン太陽電池ではシリコンがきれいに並んでおらず結晶状態になっていません。このためアモルファスのことを日本語で「非結晶」ともいいます。
アモルファスシリコンの薄膜を基板に付着させるためには、プラズマCVD(化学気相蒸着法)という方法が使われます。密閉された装置内に太陽電池基板を入れ、プラズマという電気的に中性な状態を起こし、シリコンを含む原料ガスを基板に堆積させることで製膜します。
アモルファスシリコン太陽電池の光から電気へのエネルギー変換効率は、結晶シリコン太陽電池より劣るものの、薄膜で電池を作れるため材料コストは安価になります。2004年以降、世界的なシリコン供給不足も起きたため、薄膜シリコン系の太陽電池に対する注目が一段と上がりました。
図5 主な太陽電池の種類
図6 アモルファス型太陽電池(左)と微結晶タンデム型太陽電池(右)の仕組み。中央はカバーできるエネルギー波長(資料提供:三菱重工業)
このアモルファスシリコン太陽電池に、さらに別の種類の太陽電池を積み重ねて変換効率を高くしたものが「微結晶タンデム型太陽電池」です。
別の種類の太陽電池とは、細かいシリコン結晶が集まった「多結晶シリコン」の結晶の粒を非常に小さくした「微結晶シリコン太陽電池」と呼ばれるものです。普通の結晶シリコン太陽電池では、大きな円柱状の塊にしたシリコンをスライスして材料として使いますが、微結晶シリコン太陽電池でもプラズマCVDが使われます。
「アモルファスシリコン太陽電池」と「微結晶シリコン太陽電池」を重ねたものが、「微結晶タンデム型太陽電池」というわけです。"tandem"(タンデム)は「縦に重ねた」といった意味の言葉ですが、ここでは太陽電池の膜を二重にしたことを意味しています。
2種類の太陽電池を重ねることで、1種類の太陽電池ではカバーしきれなかった光の波長領域を広くカバーできることになります。これにより、変換効率を高めることができます。
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