NEDO Web Magazine

新エネルギー

ニューサンシャイン計画/太陽光発電技術研究開発

シリコンを使わない新しい太陽電池を大量生産へ

昭和シェル石油株式会社

取材:February, March 2010

INTRODUCTION 概要



年間生産能力
20MW(2007年)→約1,000MW(2011年)

将来起きると言われている化石資源の枯渇や地球温暖化に対して、再生可能な新エネルギーの開発が進んでいます。太陽電池による太陽光発電は、未来のこれらの問題を軽減あるいは解決する主役の一つと言われています。昭和シェル石油株式会社は、新しい太陽電池として有望視されている、材料にシリコンを使わない「CIS系薄膜太陽電池」の普及を目指し、開発、製造に取り組んできました。

BIGINNING 開発への道


競争時代に突入した太陽電池の開発

自然エネルギーの有効利用技術の中でも、太陽光発電は熾烈な研究開発競争が世界中で行われている分野です。そのため、これまで使う材料や発電の仕組みが異なる複数種類の太陽電池が開発されてきました。

より高性能な太陽電池を開発するため、光エネルギーを電気エネルギーに変える変換効率向上、安定的な太陽電池製造技術、低コスト化などが期待されています。

太陽電池の研究開発では、こうした課題の解決へ向けて具体的な目標を掲げ、着実にその目標をクリアしていくことが重要です。

目標達成の階段を確実に登り、普及のスピードが加速している太陽電池があります。昭和シェル石油が開発・製造を進めるCIS系薄膜太陽電池です。

シリコンを使わないCIS系薄膜太陽電池の登場

エネルギーカンパニーの昭和シェル石油は、1970年代のオイルショック後から石油以外の新規ビジネスとして太陽電池の基礎研究を進め、1981年に太陽電池事業に参入しました。

1980年代後半には、研究開発者が米国の太陽電池メーカーARCOソーラー社に赴き、積極的にCIS系薄膜太陽電池(以下、「CIS系太陽電池」)の知識を蓄積したことが契機となって、実用的なCIS系太陽電池の技術開発がスタートしました。

昭和シェル石油とその太陽電池製造子会社であるソーラーフロンティアでは、主流のシリコン使用の太陽電池とは異なるCIS系太陽電池の技術をNEDOの研究開発プロジェクトにより発展させ、実用化に結びつけています。

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昭和シェル石油のCIS系薄膜太陽電池。後方は、神奈川県厚木市にある厚木リサーチセンター

人にも、環境にもやさしいCIS系

CIS系太陽電池の構成成分は、銅、インジウム、ガリウム、セレン、硫黄、モリブデン(Mo)、亜鉛(Zn)で、製品1枚に必要な金属の総量は1円玉8個分です。このうち、銅、亜鉛はベースメタルと呼ばれる金属ですし、希少金属と呼ばれるインジウム、ガリウムも使用しますが必要量は微量(合せて1g程度)で、供給不足の心配はありません。

また、銅、亜鉛、セレン、硫黄、モリブデンは、私たちの体の中に含まれる必須ミネラルと呼ばれる16種類の元素にもあげられています。CIS系光吸収層は化学的に安定で強アルカリにも酸性雨にも溶解しません。製造、設置、利用、廃棄の各段階を通じて、人体や地球環境にやさしい材料で作られています。

海外では、人体に有害なカドミウム(Cd)が含まれる硫化カドミウム(CdS)を用いたCIS系太陽電池や、カドミウムテルル(CdTe)という化合物を使った薄膜太陽電池や鉛はんだを使用した太陽電池が多く製造されています。一方で、昭和シェル石油のCIS系太陽電池は有害なカドミウムを用いていないことが特徴です。

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図3 結晶シリコン系太陽電池とCIS系薄膜太陽電池の発電の仕組みと、その厚みの違い

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ガラス基板の上に薄膜が積層されている

CIS系太陽電池は性能面でも優れた面が多くあります。材料が光をどれだけ取り込めるかを示す「光吸収係数」は、シリコン系太陽電池の約100倍になります。そのため、結晶シリコン系太陽電池の膜の厚さは約200μmであるのに対して、CIS系太陽電池の膜層の厚さは2〜3μmほどで済みます。膜層が薄いということは、それだけ少ない資源(原材料)で作ることが可能となり、製造速度も高められることから、生産性に優れています。その結果、最終製品の低コスト化にもつながります。

「ニューサンシャイン計画」から着実に技術を向上

「CIS系太陽電池はポテンシャルがとても高い材料です」と昭和シェル石油ソーラー事業本部担当副部長の櫛屋勝巳さんは言います。実際、研究用の小面積(1センチ角)で、光エネルギーを電気エネルギーに変える変換効率で、20%という数字が達成されています。

そうした高いポテンシャルを実用的な大面積太陽電池でも実現していくことが、昭和シェル石油がNEDOプロジェクトの支援を得て挑戦してきた課題です。

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表1 昭和シェル石油の太陽電池研究開発の歩み

1993年度から始まったニューサンシャイン計画「太陽光発電技術研究開発」において、昭和シェル石油はCIS系太陽電池の開発を本格的に着手。この段階では10cm角のミニモジュールで変換効率12%達成が目標でした。「昭和シェル石油には電器メーカーに比べて技術者も少なかったし、CIS系太陽電池は複数の元素を使うことからシリコン系太陽電池よりも複雑なため、当初はうまくいかないだろうと見られていました」と櫛屋さんは振り返ります。しかし、各製造工程で工夫を重ね、最適化を図ることで、目標を達成することができました。さらに、1996年には50㎠で変換効率14.2%という世界記録を打ち立てています。

また、2001年度からの太陽光発電技術研究開発「先進太陽電池技術研究開発」では、30cm×120cmの大面積で変換効率13.6%(世界最高)を記録。それとともに太陽電池モジュール製造原価を1Wあたり100円以下にするという低コスト化の目標も達成しました。その後も、2006年度からの太陽光発電システム未来技術研究開発、2008年度からの太陽光発電システム実用化促進技術開発においても技術開発を続け、30cm角の寸法で世界最高効率16%以上を達成しています。

こうしてNEDOが設定した妥協のない数値目標に応えていく形で、昭和シェル石油はCIS系太陽電池の技術力を発展させてきました。櫛屋さんは、「NEDOプロジェクトを通じて私たちは鍛えられてきました。実用化を目指して自社独自の技術を蓄積していくことを、NEDOは辛抱強く支援してくれました」と話します。

BREAKTHROUGH プロジェクトの突破口


CIS系太陽電池では、銅やインジウム、ガリウム、セレン、硫黄などの材料比率を一定の範囲におさめて合金化することで、高い変換効率を出すことができます。このポテンシャルをいかに引き出していくかが、CIS系太陽電池における開発の醍醐味となります。

ガラス基板の上に電極となる膜やCIS系化合物の膜などを次々積層させていきますが(「なるほど基礎知識」参照)、櫛屋さんは「基本的に大切なことはそれぞれの膜と膜の間の界面をいかにうまく接合するかです」と言います。

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図1:レンズにより絞られた光スポット

CIS系太陽電池では、質の良いCIS系光吸収層を作ろうとすると製膜工程の温度を上げなければなりませんが、上げすぎるとガラス基板が変形してしまうなどの問題が発生し、太陽電池が作れなくなります。そこで、CIS系光吸収層の膜質はあるレベルで妥協します。そうすると、CIS系光吸収層表面に低抵抗の半金属相が残存し、良好なpn接合が作れません。

この問題を解決するために、n型で高抵抗のバッファ層をCIS系光吸収層の表面に非常に薄い層で製膜します。櫛屋さんたちは、この目的に適したバッファ層材料として、独自の酸化亜鉛(ZnO)、硫化亜鉛(ZnS)、水酸化亜鉛(Zn(OH)2)が混合した非常に薄い層を発明しました。この層をCIS系光吸収層とn型の透明導電膜窓層の間に挟むことで、変換効率を高めることに成功しました。

また、n型透明導電膜窓層として、独自の有機金属化学的気相成長法(MOCVD法)という方法で、微量のホウ素(B)を含む酸化亜鉛の膜を作ります。この製膜法を適用できる大面積製膜装置を開発できたことが商業化につながる成果だったと言えます。

FOR THE FUTURE 開発のいま、そして未来


グローバルに展開、石油製品に並ぶ基幹事業へ

NEDOの研究開発プロジェクトにおける昭和シェル石油のCIS系太陽電池技術の成果は、確実に製品技術に反映されています。2006年には太陽電池開発に特化した「昭和シェルソーラー」(現在はソーラーフロンティアに社名変更)を設立し、同年宮崎県に年間生産能力20MW規模の宮崎工場を建設、翌2007年よりCIS系太陽電池「SOLACIS(ソラシス)」(現在はブランド名を「ソーラーフロンティア」に世界統一)の販売を開始しました。

2009年には、年間生産能力60MW規模の宮崎第2工場も稼働しはじめました。電力の固定価格買取制度(フィードイン・タリフ)により需要が拡大するドイツやスペインなどを中心に、グローバルに販売実績を伸ばしています。

また2010年4月からは、ドイツと米国に販売子会社を設立し、拡大する需要に応えていく方針です。

さらに2011年には年産900MWという大規模な宮崎第3工場を開設する予定です。第3工場が稼動すると年間生産能力は合計約1,000MWで世界最大規模となり、これは原子力発電所1基分に相当します。

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昭和シェル石油では、系列ガソリンスタンドへの太陽電池パネルの設置も進めている。
節電効果だけでなく、災害時など停電時でも給油可能な点をアピールしている。

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太陽電池の大面積化が特色の一つと話す宗像さん

NEDOの各研究開発プロジェクトで開発した技術を活かしながら、昭和シェル石油は太陽電池事業拡大の階段を上り続けています。2009年5月に公表された中期経営ビジョンでは2014年度の目標として、石油事業と並ぶ年間500億円の経常利益を掲げました。研究開発部企画管理課の宗像智郎さんは、「CIS系太陽電池の事業化にあたっては、会社も大きな決断をしたという印象でした。しかし、いまや太陽電池事業は会社に必須のものとなってきています」と話しています。(2010年2月、3月取材)

開発者の横顔


CIS太陽電池に自分の技術力を、試されているような感じがしています

昭和シェル石油ソーラー事業本部担当副部長の櫛屋勝巳さんは、神奈川県厚木市の厚木リサーチセンターを本拠地にして、太陽電池の研究開発に日々取り組んでいます。大学での専攻は金属工学で材料を専門としますが、入社後製油所勤務の経験もあります。「でも人生は不思議なもの。会社の中でやってきたことのすべてがいまの太陽電池の開発に役立っていると思います」

数ある太陽電池の種類の中で、変換効率向上のポテンシャルが高いCIS系太陽電池。櫛屋さんはCIS系太陽電池を「天才」と称します。「いつも、CIS系太陽電池に自分の技術力を試されているような感じがします。CIS系太陽電池という天才に本当の実力を発揮させるために、我々はこれからも、技術力を高め、追いついていかなければならないと思っています」

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昭和シェル石油株式会社
西谷さん

なるほど基礎知識


太陽電池の基本的な仕組みは、ある種のp型半導体に光が当たると少数キャリアの電子の動きが活発になる(励起される)性質を利用して、半導体においてマイナスの電荷を帯びた電子とプラスの電荷を帯びたように見える正孔が正反対方向に動く状態が作り出されます。

励起された電子はn型半導体の方向へ、正孔は電極側へ移動します。したがって、n型半導体の電極とp型半導体につながる電極との間に電球をつなぎ、この状態で光を当てると電流が発生して電球が点灯します。太陽光エネルギーが電気エネルギーへと変換されたわけです。

電子や正孔を寄せ集める材料はシリコン半導体を使うのが主流で、このタイプは「シリコン系太陽電池」と呼ばれます。一方、昭和シェル石油が開発する太陽電池はシリコン半導体を使わず、代わりに複数の材料を組み合わせた金属化合物を使うため「化合物系太陽電池」と呼ばれます。この化合物系太陽電池の一種類が「CIS系薄膜太陽電池」です。

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図1 主な太陽電池の種類

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図2 CIS系薄膜太陽電池の仕組み

"CIS系"とは、銅(Cu)、インジウム(In)、セレン(Se)の頭文字をとっていますが、実際は光吸収層が銅、インジウム、ガリウム(Ga)、セレン、硫黄(S)の5種類の元素から構成される合金系のことで、その代表が出発材料であるCISということでCIS系と呼ばれます。CIS系太陽電池では、銅、インジウム、セレンを合金にして、正孔を大量に含むp型半導体にします。しかし、CIS系の半導体だけでは太陽電池は作れません。他の種類の太陽電池と同様に、CIS系の太陽電池でもn型の薄膜層を重ねる(pn接合を形成する)ことで初めて太陽電池になります。

CIS系太陽電池の構造は、ガラスの基板の上に裏面電極、CIS系光吸収層、pn接合を作るバッファ層、さらに透明導電膜の上部電極層が重なって構成されます。

CIS系太陽電池は、宇宙での人工衛星用電源として米国で開発が始まり、1981年に米国ARCOソーラー社がセレンを後から結合させるセレン化法という技術開発を進めました。昭和シェル石油のCIS系太陽電池はセレン化後に硫化する方法で作られています。

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