NEDO Web Magazine
AI社会課題解決への対応 人工知能活用による革新的リモート技術開発

遠隔環境の状況を、AIで高度に推定・提示する基盤技術を確立

外村 雅治 TOMURA Masaharu

NEDO ロボット・AI部
専門調査員

あらゆる分野で“リアリティ”の
あるリモート環境を創出

世界を襲った新型コロナウイルスの感染拡大は、社会活動や経済活動に大きな影響を与えました。さまざまな行動が制限される中で、テレワークやオンライン会議等の導入が進み、空間・時間の制約から解放されたリモート化へのニーズは急速に高まっています。しかし、リモート環境下では遠隔地の状態が十分に把握できず、特に対面が不可欠な現場や、人の労働力が主となる現場等においては、リモート化が進んでいないのが現状です。

こうした背景を受け、NEDOが2021年度からスタートした「人工知能活用による革新的リモート技術開発」事業では、視覚・聴覚や、さらに力触覚等の感覚を交えた情報の伝送によって、実際に現場にいるのと同じように遠隔地の状況を把握することが可能になる基盤技術の確立等に取り組んでいます。外村PMは「リモート技術は、対面と比べたときにコミュニケーションがスムーズに行えない、臨場感が物足りないなど、“何か足りない”というところから出発しています。そうした不足を解消するために、双方の状態を推定し、高度なXRで提示するAIシステムの基盤技術開発を進めてきました」と説明します。

具体的なテーマとして、「振動でリアルな体感を伝達する極薄ハプティックMEMSとAIシステムの開発」「直感的な診療と相互理解を可能にする遠隔触診システムの開発」「リハビリを遠隔で支援するリモート技術基盤の構築」「AI・XRを活用したドローンリモート技術の研究開発」「身体動作によってAIが推定した人の感情を遠隔にいるキャラクターの感情豊かな動きとして生成する技術」の五つの研究開発を進めています。それぞれのテーマごとにユースケースを想定しつつ、2035年度には社会のあらゆる場面でリモート化の実現を目標に据えています。外村PMは「リモートというテーマは明確な定義がないからこそ、応用範囲も広い。これらの基盤技術は、リアルな対面の場での応用も期待できると考えています」と話します。次ページでは、過疎地医療や新型コロナウイルス禍で直面した医療体制の中で、今まさに重要性が高まっている「遠隔触診システム」の研究開発について紹介します。

Project Contact Realityの実現による遠隔触診システム開発
仮想的な接触をAIを用いて再現する遠隔触診の実現へ前進

3種のAIを用いて複数のモダリティ※を刺激する遠隔触診システム(4次元Box)。

3種のAIを活用し、対面診断に劣らない
病状理解と信頼関係の構築が可能に

過疎地域の医療問題に加えてCOVID-19の影響もあり、遠隔診療の重要性はますます高まっていますが、医師が直接患者に触れられないことが遠隔診療の大きな課題となっています。国立研究開発法人理化学研究所(以下:理研)の下田 真吾氏は、「触診は単に物理情報を得るだけでなく、患者に安心感や信頼感をもたらす心理的な側面や、医師の過去の経験知を呼び起こして患者の病状や病名を明確にするといった役割があります」と説明します。

NEDOと理研、名古屋大学、豊田合成株式会社は、触診が持つさまざまな役割を遠隔でも再現し、直感的な診療を可能にする「Contact Reality(CR)」の実現に向けた研究開発を進めています。

具体的には、3種のAIを活用し、複数のモダリティ※を刺激する遠隔触診システム「4次元Box」の開発に取り組みました。下田氏によると「触感は非常に時間に敏感で、0.1秒でもズレると違和感を感じる」ため、患者から得た情報を医師側に転送する時間のズレを補完する「時間遅れ補正AI」を開発。さらに、得られた触診情報と、4Kカメラやサーモグラフィー等で計測した患者の生体情報を統合する「情報統合&提示AI」により、患者の状態を視覚や聴覚で直感的に理解することができます。また「環境適応AI」が、医師の触れ方や触れる強さ(触圧)を計測し、患者の体格等に合わせて再現します。これらを用い、対面と同等以上の診療と相互の信頼関係の向上を目指します。

下田氏は、「AI技術はすさまじいスピードで進んでおり、大学の研究だけでは追いつきません。こうした最先端の技術を産学官連携で進められることがNEDO事業のメリット」と話します。NEDOの津波古 和司専門調査員は「この技術は、力触覚の伝送技術の分野において世界で最も進んでいると言われています。本プロジェクトは非常にハードルの高い研究ですが、世界をリードする分野として花開くようできる限りサポートしていきたい」と語りました。

※言語、視覚、聴覚、感情といった人間の知覚的様相。

津波古 和司

NEDO ロボット・AI部
専門調査員

下田 真吾 氏

国立研究開発法人 理化学研究所 脳神経科学研究センター
理研 CBS-トヨタ連携センター 知能行動制御連携ユニット
ユニットリーダー 博士(工学)

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