ものづくりの技を次世代
につなぐこともAIの役割
製造業での生産性の向上、あるいは高齢化社会における移動の確保といった社会課題に対して、省力化や最適化に貢献するAI技術の実装が期待されています。しかし、AIの導入には膨大な量のデータを取得する必要があることが普及の妨げになっていました。新PMはこうした課題に対して「AIの導入に対するコストと手間を簡易化することが、社会実装の拡大につながります」と話します。
また造船、繊維、建設、溶接、研削といった日本のものづくりには熟練者の技やノウハウが蓄積されていますが、生産年齢人口の減少等の影響で後継者が不足しており、習得に長期間かかる匠の技は継承も難しい状況にあります。これについても新PMは「日本の強みであるものづくりの技を次の世代に受け渡せるように、日本独自のAIを構築することもプロジェクトの目的の一つです」と説明します。
NEDOは、これまで開発・導入が進められてきたAIモジュールやデータ取得のためのセンサー技術、研究インフラ等をインテグレートして、AI導入を飛躍的に加速させる基盤技術を開発するとともに、産業分野に蓄積されている経験や勘といった暗黙知の伝承と効率的な活用を支えるAI技術の研究開発を進めています。
プロジェクトのテーマは、例えば「プラントのガス漏洩源の位置、流れ方向、危険度をより正確に把握する可視化するシステム」や「布製品の製造工程をAIに学ばせ熟練者の負担を軽減するシステム」「地方の中小建設現場で大型ダンプに後付けで実装できる自動化システム」、あるいは「鉄道やバスがカバーできない地域のニーズに合わせてルートを最適化して走る乗合型交通」等があり、「レーザ加工にAIを導入し、応用開発期間の短縮と不良品を出さないものづくり」や「ミクロン単位の精密加工を行う金型生産システム」等、多様です。
ものづくりの現場で長い年月をかけて蓄積された技術やデータと、最新のAI技術とを掛け合わせることで、直面している問題を解決するだけでなく、新しい応用領域にも挑戦しようとしています。その成果の一部として、今回は造船業の匠の技である線状加熱のノウハウをAIに学習させ、非熟練者でも作業ができるようにサポートするプロジェクトを紹介します。
造船業の膨大な技術ノウハウを
AIが継承し、生産性の向上に貢献
線状加熱とは、鋼板を加熱して、任意の曲面に加工する鋼板曲げ加工法の一つです。造船の分野では半世紀以上前から用いられている技術ですが、習得に10年以上の経験を必要とする「匠の技」のため、造船の生産性向上を妨げる原因の一つになっており、近年は後継者不足による技能の伝承が大きな課題になっていました。
そこでNEDOと大阪公立大学、ジャパン マリンユナイテッド株式会社(以下JMU)は、AIとシミュレーションを駆使して、初心者でも熟練技能者並みの線状加熱を可能にする支援システムの開発に取り組んでいます。
プロジェクトでは、熟練技能者の線状加熱データを集めるとともに、高速シミュレーターで教師データを大量に作成。それらを学習させたAIが加熱方案を作り、AR(拡張現実)で作業者をサポートする仕組みです。また、加工した形状を計測するシステムと作業を行う小型ロボットの開発も進行中です。
JMUの丹後 義彦氏は、生産人口の減少は社会全体の問題とした上で「造船が蓄積している膨大な技術ノウハウを後世に残すという意味で、このプロジェクトには単なる効率化とは違う重みを感じています」と話し、大阪公立大学の柴原 正和准教授は「人には作れない複雑な曲面作りを目指し、他の産業でも活用できるものにしたい」と意欲を見せます。NEDO事業について同大学の熊岡 哲也氏は「大学と企業が抱えるテーマを試すぴったりの機会でした」と話し、柴原准教授も「アルゴリズムの精度を高めるには現場で試すことが必要でした。その機会を得て、研究室の学生たちも非常に前向きに取り組んでいます」と手応えを語ります。新PMは技術委員会の評価が高いことに触れ、NEDOの林 修司専門調査員は「産学の連携がうまくマッチした好例」と話しました。丹後氏は「AIの方案にはまだ少し開発の余地がある」と言い、柴原准教授は「AIを研究されている野津 亮先生(同大学 人間社会システム科学研究科 教授)の協力も得て、さらに精度を上げたい」と力を込めました。
林 修司(写真左)
柴原 正和 准教授(写真中央左)
丹後 義彦 氏(写真中央右)
熊岡 哲也 氏(写真右)