NEDO Web Magazine
巻頭インタビュー図

新ビジネス創出に向け環境作りを

ノーベル化学賞受賞

吉野 彰 氏
YOSHINO Akira

旭化成株式会社 名誉フェロー
LIBTEC 理事長

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石塚 博昭
ISHIZUKA Hiroaki

NEDO 理事長

吉野氏写真

1970年京都大学工学部石油化学科卒業。1972年同大学大学院工学研究科石油化学専攻修士課程修了、旭化成株式会社入社。2001年同社電池材料事業開発室室長、吉野研究室室長、顧問などを経て、2017年より名誉フェロー。2010年技術研究組合リチウムイオン電池材料評価研究センター(LIBTEC)理事長に就任。2019年リチウムイオン電池の開発によりノーベル化学賞を受賞。NEDOが実施する「先進・革新蓄電池材料評価技術開発(第2期)/ SOLiD-EV」などのプロジェクトを主導。

石塚 NEDOは設立以来40年間、日本のイノベーション・アクセラレーターとして活動してきた自負を持っていますが、日本企業はこのところ「技術に勝ってビジネスに負ける」という状況にあるともいわれます。オープンイノベーションの観点では、人材や資金のないスタートアップの育成も重要だと思いますが、経営資源を持つ大企業からイノベーションを連続的に生み出すには、何が必要とお考えでしょうか。

吉野氏 一概に日本のイノベーション創出力が落ちているとは、私は思っていないんですね。スマートフォンやパソコンなどの産業構造を見ると、素材や部品を開発・供給する川上、製品を組み立てて販売する川中、ソフトウエアやプラットフォームなどの新ビジネスを創り出す川下の中で、日本企業は確かに川中では厳しい状況ですが、川上では依然圧倒的な強さを持っています。考えるべきは、ここ10年ほどで勃興し高い付加価値を持つようになった川下分野で、日本企業がいかにイノベーションを興すかではないでしょうか。

石塚 それはスタートアップ企業も巻き込んで、ということですね。

吉野氏 米国では川下分野で成功を収めているのは主に西海岸のスタートアップですので、日本でもいかに同様の環境を作るかでしょう。そのため必要なのは、大学などの「知恵袋」、エンジェル投資家などの「資金提供者」、未来を語り合う「場」、ビジョンを絵や映像にする「見える化」、規制にとらわれない「地域性」の5つだと思います。

研究の深掘りと分野間融合が鍵

石塚 一方で日本が強いといわれる川上産業でも猛追を受けています。これまで日本のメーカーが先頭を切って出ていった技術分野が、ビジネスだけでなくイノベーションでも負けるという状況も出てくる中、川上、川下共に優位性を保持するためには、日本企業はどう変わるべきだとお考えですか。

吉野氏 川上と川下が直結することだと思います。川上の担当者が川下と同じ目線で、自分たちの素材や部品を客観的に評価し、ビジネスを考えるような体制になれば理想ですね。航空、アパレル、自動車産業では一部そうしたケースが出てきていますが、これをもっと拡大していくべきだと思います。

石塚 イノベーションに不可欠な産学官の連携が弱くなっているという指摘もあります。NEDOはこれまでアカデミアの若手研究者支援も行い、2020年度から若手研究者が産業界と一緒に研究するマッチング支援の事業を始めたところです。産学官の連携を推進していくのは、まさにNEDOの役割だと思いますが、NEDOプロジェクトについて、もっとこうしたらいいのではないか、というご提言はございますでしょうか。

吉野氏 NEDOの取り組みは若手研究者にとって心強いものだと思います。一般的に産学官連携では協調領域と競争領域の区分けが問題になりますが、日本では企業間の競争が激しいため、協調領域の比率が下がっているようです。この比率が半々くらいになると良いのではないでしょうか。また、社会システムと連動した技術開発を進めるためには、文系理系にとらわれず、技術も社会の仕組みも理解した上で新たなビジネスモデル特許を発想できる人と連携し、新たな社会システムをつくるような取り組みが必要です。

石塚 社会システムとの関係では、コロナ禍による在宅勤務や非接触といった生活様式の変化で、デジタルトランスフォーメーション(DX)が大きな注目を集めていますね。2020年2月にNEDOは、地球環境問題を解決するために「持続可能な社会を実現する3つの社会システム」(サーキュラーエコノミー、バイオエコノミー、持続可能なエネルギー)を提言として掲げましたが、それらを有機的に運用するための一つひとつの要素技術を支えるのがDXであると考えています。

吉野氏 やるべきことは、その図式だと思います。まさに社会システムそのもので、実現したときにこうなるというグランドデザインを描けると、研究開発の方向も明確にできるのではないでしょうか。DXは結局、ビッグデータや個人情報をどう保護するかという問題に突き当たります。これまでは、個人情報とセキュリティーの問題が混在して、社会受容性が進んでいなかった面がありますが、暗号化技術の進歩など、技術で貢献できることはまだあると思っています。

石塚 DXの課題解決にもさらに取り組んでいきたいと思います。改めて、40周年という節目を踏まえつつ、持続可能な社会に向け、次の10年でNEDOに期待することがございましたらお聞かせください。

吉野氏 全体の枠組みの中で様々な研究をどんどん深堀りする一方で、それぞれの分野が横串でつながった時に面白いイノベーションが生まれてくると思います。実際、医学の世界では医療とAI(人工知能)の融合領域でユニークな成果が出始めています。NEDOでも、全く異なる分野の人が交流して互いの得意分野を掛け算し、新しい独創的な知恵を生み出せる仕掛けがあるとよいのではないでしょうか。プロジェクトマネージャー同士がチャットなどで気軽に話し合う「ワイガヤ」から始めてもいいと思います。そこからNEDOのイノベーション・アクセラレーターとしての新しい役割が見えてくるような気がします。

石塚理事長写真

吉野氏に話を聞く石塚理事長


「NEDO40年史 イノベーションで未来をつくる」P.10-11から掲載

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