TSC Foresight オンラインセミナー レポート
コロナ禍後のニューノーマルに向けて
2020年7月に開催した「2020年 NEDO TSC Foresightオンラインセミナー」。
登壇者が多様な視点から語ったパネルディスカッション「コロナ禍後のニューノーマルとは? なすべきイノベーションは?」をレポートします。
コロナ禍後のニューノーマルをテーマに、3つの論点から議論
ディスカッションは、前半で「なすべきイノベーションは何か」「それを加速するにはどうしたらいいか」、後半では「その中で日本はどうしたらいいか」の各論点で議論を展開。TSCの岸本センター長が司会を務め、TSCの伊藤、森田両ユニット長に加え、産業技術総合研究所(産総研)フェローの小林氏、日立製作所フェローの矢野氏(オンライン参加)、そして東京工業大学工学院教授の波多野氏の3名の有識者が登壇しました。
【モデレータ】
岸本 喜久雄
NEDO技術戦略研究センター長
2020年4月にTSCのセンター長に就任し、すぐに短信レポートの取りまとめ、公表を推進。
【パネリスト】
伊藤 智
NEDO技術戦略研究センター
デジタルイノベーションユニット長
短信レポートでは、コロナ禍を経た社会変化を捉えて、これから期待されるイノベーション像を描いた。
【パネリスト】
森田 健太郎
NEDO技術戦略研究センター
海外技術情報ユニット長
WHOのパンデミック宣言以降、各国の技術、イノベーション、環境、エネルギー分野での取り組みを調査。
【パネリスト】
小林 哲彦氏
国立研究開発法人産業技術総合研究所フェロー
産業技術総合研究所の関西センターが6月に設置した、ポストコロナ検討会議のメンバー3名のうちの1人。
【パネリスト】
矢野 和男氏
株式会社日立製作所フェロー
2020年7月に日立製作所が設立したハピネスプラネットの代表取締役CEO。テクノロジーで人を幸せに。
【パネリスト】
波多野 睦子氏
国立大学法人東京工業大学
工学院 電気電子系教授
日立製作所に27年勤め、現在は大学教授。量子センサー、量子ネットワーク用の量子光源などを研究。
岸本 まず、なすべきイノベーションとは何か、デジタル化または環境問題に対するアプローチからお伺いします。
波多野 今後は精神や社会の豊かさ、人間らしさがより重要になっていくと考えます。教育の観点でも、インクルーシブな人を育てたい。しかし、今のオンライン授業は相手の理解度や気持ちが分かりづらい。リアルの重要性が増す中で、今後は高感度化技術が必要だと感じます。
矢野 コロナ禍前に比べ、コミュニケーションの重要性と人が生き生きと幸せに働くことへのニーズが格段に高まっています。人間の本能的な行動やコミュニケーションは9割以上が非言語ですが、今のオンラインでは非言語のコミュニケーションがうまく取れません。今後は非言語の情報をITの仕組みに取り込んでいくことが重要だと考えます。
伊藤 物理的な距離を取りながら、サイバー空間で密接に繋がるということを実現するためには、直接的には感じられないことをITが汲み取って正しく伝えることが必要になります。人の感受性や感じ方をデジタル的に抽出し、それをシステムが認識することが重要ですし、センサーや、それを解析して伝えるシステムの重要性も増すと考えています。
小林 環境問題では、気候変動に対する関心が高まってきたところ、コロナ禍による経済負担が甚大で、社会のガバナンス強化とともに環境問題も包含されるよう訴えていく必要があります。また、環境問題の解決に向けては、世界の研究者コミュニティと産業界とをつなぐ役割が重要になると考えています。
岸本 新社会の確立を加速させる革新的なアイディア、知の競争の高度化に向けた取り組みについてはどうですか?
波多野 日本の学生は世界でもっと活躍できるのではないかと思います。コロナ禍をきっかけに、俯瞰的な視点を持ち常識にとらわれない人を育て、分野を問わず活躍する人が世の中に広がってくれればいいなと。今後世界をリードしていくにもそういう能力、それを受け入れる社会が必要だと思います。
矢野 日本の既存の企業には優秀な人材が余るほど集まっているのに、革新的なものが生まれていないのは、仕組みの問題。ドラッカーの本にもあるように、新規事業には既存事業とは真逆のアプローチが必要。独立性が高くスピーディに回せて、かつ大企業のリソースもある程度うまく合わせて連携して使えるような仕組みが合理的です。
小林 環境エネルギー分野でも、コロナ禍を機にデジタル化がさらに進むのだと思います。ただ、エネルギー分野の人間にとってはデジタル技術の詳細はよく分からない。ますます加速化するであろうデジタル化においては、それを利用したいのによく分かっていない人たちとの間を埋める仕組みが非常に重要だろうと感じています。
伊藤 今後出てくるであろう革新的なアイディアを実現していくためには、単なる技術開発だけではなく、実際に現場で実験して学習し、その結果をフィードバックして次につなげる取り組みが重要だと考えます。
岸本 最後に新社会の確立に向けて、日本の強みを生かして活躍すべき点、活躍する仕組みづくりについては?
波多野 ものづくり技術といった、特に信頼性が求められる分野では、日本はまだ非常に強みがあります。分野にとらわれず積極的に融合して、その強みをうまく生かして新しい価値を創出していくということだと思います。
矢野 日本にまだ眠っている資産や人という資本は、最大の強みです。この強みを活かすには、イノベーション・マーケティング・オペレーションのサイクル、実験と学習を回すことが重要で、これが回るように組織も人の育て方も変えなくてはいけません。そういうことに投資がされる潮流が生まれることを願っています。
小林 私の担当分野の水素や電池、燃料電池は、日本がかなりリードしてきたと思いますが、社会実装に向けての盛り上がりは世界から見て周回遅れと言われることがあります。我々産総研が世界の技術開発と日本の産業界をつなぐことで、もっと強みを生かしていけると考えています。
森田 海外の情報を収集する中で、私自身は日本の現状を悲観的には感じていません。例えば、経済学者のジャック・アタリ氏は、サプライチェーンも一通り揃っておりこれといった弱点がない日本は、コロナ禍を契機に国力を相対的に高めるだろうと言っており、先は決して暗くはないと見ています。
伊藤 デジタル化の進んでいない部分を推進することも効果的ですし、進んでいる部分を統合して都市レベルでのデジタル化を実現し、モジュール化して海外に売っていくことも今後の展開に生きると思います。観光においてはリアルな場というものに価値が見出されてきており、それをうまく活用してサイバーの中で売り出していくことも価値を生むと思います。
岸本 ありがとうございました。日本にはニューノーマルの時代に向けて進むための人材も、技術や色々な形での可能性もある。それを生かせば新しい社会を築くことができ、それが日本の強みにもなると感じました。そのために必要なのが実験と学習。TSCの役目は、その実験の場を作る、そのための計画を立てることだと思いました。