新たな時代における
技術戦略研究センターのこれからの歩み
NEDO技術戦略研究センター長
岸本 喜久雄 きしもと きくお
1952年、東京都出身、1975年、東京工業大学工学部卒業。1977年、同大学理工学研究科機械物理工学修士課程修了、1982年、同大学工学博士、ケンブリッジ大学客員研究員等を経て1995年から東京工業大学教授。同大学では副学長(教育運営担当)、大学院理工学研究科工学系長並びに工学部長、環境・社会理工学院長を兼務し、2018年から名誉教授。日本機械学会長、日本工学会長を歴任し、2020年、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 技術戦略研究センター長に就任。
多種多様な人材が混じり合うTSC
―2020年4月、NEDOの技術戦略研究センター長に就任されました。就任時のTSCの印象や目標を教えてください。
2020年に設立40周年を迎えたNEDOは、「エネルギー・地球環境問題の解決」と「産業技術力の強化」というミッションの下、長年、政府と産業界、大学の間に立って、技術開発のマネジメントを行い、イノベーション創出を推進してきた機関です。就任前から、TSCはNEDOのミッション実現に、非常に重要な役割を担っていると認識していました。
実際、就任直後から、TSCには、国として取り組むべき重要な技術開発分野を見極めつつ、中長期的な視点で技術戦略を策定し、その実行に向けた計画を練ること、また、国の重要政策立案への貢献も期待されていること、さらに、社会が複雑化する中で、これまで以上に社会の動きを敏に捉え、情報発信を行うことで議論を喚起していく必要性について、実感しました。そのため、本年度よりTSCのミッションを「社会の変化を敏に捉え、将来像を描き、実行性のある提言を行う」と再定義し、経済産業省をはじめとした各省庁の政策との連携もより強化させ、実行性を重視しつつ、TSCに期待されている役割をしっかりと果たしていきたいと考えています。
―就任からこれまでを振り返って、どのような感想をお持ちでしょうか。
すべてが新鮮でしたね。TSCのオフィスは席を固定しないフリーアドレスで、企業や他の公的機関から来られた方、官庁からの出向者といった、多様なバックグラウンドや専門性を持つ職員が集っています。皆さん、日々調査を続け、新しいことに興味を持っており、非常に活気に満ちています。生き生きと活発に議論し、多くのステークホルダーの意見をうまく集約しながら、社会課題解決に向け邁進する様子に、私も日々刺激を受けています。
―なかでも印象的な出来事はありましたでしょうか。
センター長就任時の2020年4月は、まさにコロナ禍による社会変化が顕在化し始めた時期でもありました。そこで着任後早々に、TSC内に特別チームを立ち上げ、コロナ禍による社会や産業への影響等、国内外の情報を集め、分析し、コロナ禍が何を引き起こしたか、コロナ禍後の社会はどうなるか、また、期待されるイノベーション像を抽出する取り組みを始めました。その後、産学官での議論を経て、2020年6月に、「コロナ禍後の社会変化と期待されるイノベーション像(以下、コロナ短信レポート)」として公表しました。
コロナ禍はまさに、加速する社会の不確実性という認識が世間に広まる機会にもなりました。このような社会に対しては、多様な仮説に対する幾重ものチャレンジから学びを得て、さらに次のチャレンジに生かせる仕組みが重要だと考えます。TSCは多様な人材が融合した組織だからこそ、不確実性が高まりつつある状況においても力を発揮できると感じています。
情報発信がディスカッションを生む
―社会の状況が見通せない中だからこそ、「コロナ短信レポート」の6月公表に意味があったということですね。
このレポートは、コロナ禍で注目を集めているデジタルトランスフォーメーションの実現に向けて期待されるイノベーション像と、持続可能な社会への転換に向けて期待されるイノベーション像をお示ししています。本レポートの執筆に当たっては、TSCのデジタルイノベーションユニットを中心に、海外技術情報ユニット、マクロ分析ユニット他、多くの関連ユニットが参画し、取りまとめました。TSCはこうした組織の柔軟性に加え、これまで以上に積極的かつ迅速に社会変化を捉えるという新たなミッションを、早速一丸となって体現できたと感じています。
またこのレポートを公表したことで、経済産業省のみならず、民間企業や日本工学アカデミー、日本機械学会他、産学官の各種機関から多くの反響を頂いています。このような双方向の議論につながる取り組みが、次なるチャレンジを生み出す源泉となる、これが情報発信の意義と捉えています。今後も、TSCとしては、引き続き、内外に向けて積極的に議論の種を発信し、議論を促し、新たな課題解決に皆で取り組む環境を育んでいくことが大切だと考えています。
―今後、将来に向けた技術戦略の策定やその提言の実行において、政策との連携についてどうお考えでしょうか。
技術開発成果の社会実装には、政策との連携が重要です。TSCは「持続可能な社会の実現に向けた技術開発総合指針2020(以下、NEDO総合指針)」を2020年2月に策定しました。これは、2020年1月に国が公表した「革新的環境イノベーション戦略」で提言された、CO₂排出量を2050年までに実質ゼロにする「ビヨンド・ゼロ」に呼応する形で、NEDOとして、技術開発の在り方や目指すべき方向性を示したものです。
この中で「持続可能なエネルギー」「サーキュラーエコノミー」「バイオエコノミー」の3つの社会システムの一体的かつ有機的な推進を提言し、2050年までにどうすればCO₂削減を実現できるか、CO2削減に効果のある技術を総合的、客観的に評価することを提唱しています。NEDO総合指針で提示した3つの社会システムの実現には、技術開発のみならず、研究制度・研究環境の整備や社会実装に対する各種支援策も重要であり、引き続き、政策と連携しつつその実現に向け、貢献していきたいと思っています。
―改めて、今後のTSCの活動の展望を教えてください。
コロナ短信レポートを出すにあたり、NEDO内外のさまざまな方々と対話を重ね、多くの提言をいただきました。TSCとしては、今後も社会の変化を敏に捉えながら、幅広いステークホルダーの方々と議論を積み重ねていく活動を通じて、新たなイノベーション像や社会システムの実現に向け、尽力していきたいと考えています。また、社会実装の段階では、一般の方々との対話や導入される技術に対する信頼感の獲得が重要であり、エビデンスに基づくしっかりとした情報発信も欠かせません。このような考えの下、TSCの取り組みがNEDOの技術開発プロジェクトを始めとする実行性ある提言にしっかりと結び付き、それが将来、イノベーション創出につながっていくよう、最大限尽力をしていきたいと思います。