衛星データに独自シミュレーションモデルを融合し「藻場生育適正度」を可視化
「カーボンクレジット基盤構築」1位受賞者に聞く
NEDOは2025年1月23日、「NEDO懸賞金活用型プログラム」の第1弾となる「衛星データを活用したソリューション開発/NEDO Challenge, Satellite Data for Green Earth」のコンテストを開催しました。グリーン分野における社会課題解決による新産業や新規ビジネスの創出を目指し、衛星データ等を活用することで、より効果的に課題の解決を実現する優れたシステムの提案を募集。コンテスト上位者に懸賞金を交付する取り組みです。本事業で設けた3つのテーマのうちの一つ「カーボンクレジット基盤構築」のコンテストで「藻場創成適地・対策提案システムの構築」を提案し、1位を受賞した日本工営株式会社の担当者に話を聞きました。
日本工営の組織横断で構成した開発チーム
「藻場の分布」ではなく「これから藻場を生やせる可能性」の評価に転換
――今回受賞した藻場創成適地・対策提案システムはどんなシステムですか。
堀江氏 近年CO2の吸収先として、藻場を中心とするブルーカーボン生態系の関心が高まっています。一方で藻場は“磯焼け”による減少が深刻で、再生・創生が喫緊の課題です。しかし、何らかの対策を講じたくても、藻場の生育に欠かせない水環境データへのアクセスが難しい現状があります。
そこで藻場形成を支援する仕組みとして、藻場生育のポテンシャルを可視化するシステム「MobaDAS(モバダス)」を開発しました。自治体、民間企業、漁業協同組合、NGOなど藻場づくりに取り組みたい方にとって、最初の障壁は「取り組んでも無理なのか、それとも可能性がある水域なのか」が見えないことです。その初期判断を支え、意思決定を後押しできるツールとしての活用を目指しています。
具体的には公開データや衛星データに加え、独自シミュレーション技術を組み合わせることによって多角的な情報を取得。蓄積したデータを回帰分析や機械学習によって環境情報や藻場生育適正度へと出力し、Webアプリ上でわかりやすく確認できるようにしたのが特徴です。
MobaDASの特徴
――NEDO懸賞金活用型プログラムの応募動機を教えていただけますか。
堀江氏 当社では毎年研究開発テーマを設定しており、今回のプログラムに応募する前から、ブルーカーボン(海底や深海に蓄積される炭素)関連の水環境技術を生かした取り組みを模索していました。そんな中、ブルーカーボンとの関連性が高いNEDOチャレンジのテーマ「カーボンクレジット基盤構築」が目に留まり、「ここから良いものを生み出せるのではないか」と考えて応募しました。
――応募前からMobaDASの形は確立されていたのでしょうか。
堀江氏 MobaDASは今回の取り組みを通じて磨き上げたものです。NEDOチャレンジ以前は、衛星データを使用して「藻場そのものの分布」を把握したいと考えていました。しかし、技術的課題が多く、衛星データ自体も高価で大量に購入できない現実的な制約がありました。そこで新たに、当社が保有する別の技術を生かす方向を検討することにしました。
その1つが水質シミュレーションモデルです。シミュレーション結果から得られるデータは藻場の生育と密接に関係しており、実際の藻場の有無を直接把握するよりも「これから藻場を生やせる可能性」の評価に発展性があると判断しました。
水質シミュレーションでは、まず藻場の生育に欠かせないリンや窒素といった水中に溶けている栄養がどれだけあるかを解析します。また、水流や波の強さといった“水の動き”も藻場の成長に大きく関わるため、それらの要素もシミュレーションで再現します。これらの水質・水流・波の情報は、日本工営のシミュレーションモデルならではの強みと捉えています。
MobaDASのシステム構成図
組織横断のチームで社会実装の解像度を高める
――懸賞金活用型プログラムならではの特徴はどんなところでしょうか。

堀江氏 明確な目標ができ、研究チーム全体で力を合わせて進めていく方向が定まった点です。コンテスト形式の取り組みは私たちにとって初めてで、単なる発表ではなく、一次審査を経て実装し、その成果をもって最終コンテストに臨むスキームはなかなかできない経験でした。これまでは、何らかの研究テーマを立てても社内ではどうしても後回しになりがちでしたが、NEDOチャレンジのように一次審査・二次審査と明確なマイルストーンがあり、「ここまでに何を作るか」がはっきり示されていたことは追い風になりました。
――どのようにして開発チームを集めたのですか?
堀江氏 社内でブルーカーボンの研究開発テーマを立ち上げた際、環境部の福田、阿部、環境技術部の中川原を含むメンバーでチームを構成しました。環境部は国内事業、環境技術部は海外事業が管轄です。ブルーカーボンはグローバルで重要性が高まると考え、中央研究所を中心にしつつ国内外の事業化を一体的に進めていく体制にしています。
福田氏 堀江は茨城県つくば市の中央研究所に所属していて、私は事業部門の環境部に所属しています。役割は異なり、私たちは自治体や国などから業務を受託して現場のニーズに向き合い、堀江は技術を突き詰める立場で研究を進めています。ただ、現場の課題と技術シーズをつなぎ合わせることが重要なので、社内では今回のように“両輪”で進めるケースがよくあります。
中川原氏 私は環境技術部に所属しており、海外での展開や事業化について検討を進めています。
阿部氏 私は海洋リモートセンシングや海の衛星画像解析を専門にしてきました。そうした経緯もあり、ブルーカーボン領域で堀江の研究に関わることができないかと以前から話をしていたところに今回の機会があり、自分の専門性を生かせると思い参加しました。
堀江氏 そもそもブルーカーボンの研究テーマを立ち上げたきっかけは、福田が国土交通省の動向を注視していたことがあります。国交省では近年「カーボンニュートラルポート」に向けた取り組みを進めており、その中でブルーカーボンを重要視しているとの情報を教えてくれたのです。
NEDOチャレンジで掲げている社会実装を意識した場合、研究だけでは完結せず、事業部と一緒に考えていく必要があります。今回のプロジェクトはここにいる4人を含め所属部署がそれぞれ異なりますが、ブルーカーボンや藻場創生という共通テーマに対して自分たちの立場から必要な情報を持ち寄り、協力しながら進めることができました。
将来的には水域全体を扱う「総合的な情報集約システム」へと発展させたい
――開発ではどんな点に苦労しましたか。
阿部氏 岸沿いの海域は濁りが強く、衛星データだけではどうしても限界がありました。その点を水質シミュレーションと組み合わせることで補完し、精度を確保できるよう工夫しています。今回は無償の衛星データを活用しつつシミュレーションで弱点を補えたことで、コスト面でも助けられたと感じています。
堀江氏 技術の実装もさることながら、Webシステムの開発はかなり大変でした。正直なところ、当社はシステムを構築する部分が得意ではありません。開発工程ではどうしても後ろ倒しになりがちで、最終的には研究作業と並行して進める形になりましたが、「何をどう見せるか」を決めるのが本当に難しかったです。そんな中、社内の優秀な後輩が約1カ月で必死に作り上げてくれました。外部の専門家に頼らず短期間でここまで形にできたことで、日本工営としての底力を示せたのではないかと思っています。
福田氏 当社の研究開発として見ると、今回の取り組みは短期間でアウトプットまで到達できた印象があります。タイトな期間でここまで形にできた研究は社内でもあまり例がなく、その点でも意義の大きいプロジェクトでした。
――受賞後の反響はいかがでしたか。
堀江氏 社内では本当に大きな反響がありました。受賞式の様子がYouTubeでリアルタイム配信されていて、環境部と環境技術部がある本社9階のフロアでは多くの社員が見守っていたようです。結果が出た瞬間はフロアがどよめいたと聞きました。受賞後は藻場の話題になると必ず「NEDOチャレンジで優勝したプロジェクトだよね」と上層部にも伝わっていて、話を前に進める後押しにもなっています。
もちろん外部からの反応も大きく、公共機関や民間企業から「一緒に取り組みませんか」と声をかけていただく機会が増えました。NEDOチャレンジで得た外部へのインパクトは、想像以上でした。
中川原氏 営業面でも確実に追い風になりました。客観的な実績があることで話の糸口ができ、とてもやりやすくなったと感じています。
福田氏 会社としてもこの取り組みを重視しており、全国の営業部門が重点施策として自治体や官公庁に「こういうサービスがあります」と積極的に紹介しています。その結果、「一度話を聞かせてほしい」という問い合わせが各地から寄せられるようになりました。とくに藻場の減少が深刻な地域や藻場創生を着手し始めた地域ではニーズが高く、関心の高さを実感しています。
――現状の開発ステータスはどんな感じですか。
堀江氏 継続して開発を進めている段階で、2026年度には初期版をリリースする予定です。提供形態はフリー版、スタンダード版、アドバンスド版のように3段階ほどに分け、まずはフリー版を早めに公開し、より詳細な分析や高度な機能を必要とするユーザーには上位版をご利用いただく形でサービスを展開していくつもりです。
中川原氏 海外ではベトナムでトライアルを進めていますが、対象は藻場ではなくマングローブです。ベトナムでは実際のマングローブ林がどのように分布しているのかを踏まえ、その“生えやすさ”を評価する形でMobaDASを適用しています。先日までブラジルのベレンで開催されていた「COP30」のジャパン・パビリオンでもMobaDASのベトナム版を展示しており、海外展開の手応えも得られているところです。
堀江氏 NEDOチャレンジでは藻場が対象でしたが、その仕組みをマングローブに当てはめました。世界的に見るとCO2吸収量は藻場よりマングローブのほうが範囲も量も大きく注目度も高いため、対象として欠かせません。
――今後の展望について教えてください。
堀江氏 優勝をきっかけに社内で「藻場に興味がある」「MobaDASに関わってみたい」という人が一気に増えました。社内のMicrosoft TeamsにMobaDASのチャットチームを設けて参加者を募っているのですが、メンバーはNEDOチャレンジ当時の倍となる20人ほどに増えています。日本全国に支店がありますし、ベトナムやミャンマーなど海外拠点の社員からも「何か手伝えないか」と声をかけてもらっており、さらに広げていけたらと考えています。
阿部氏 社内には多様な分野の専門家がそろっているため、こうした領域横断型のチャレンジができること自体が強みだと感じます。
中川原氏 海外現地でのアポ取りや、国際機関との協議までサポートしてもらえたことで、こちらも動きやすくなりました。自社がもともと持っているリソースやネットワークを活用できたからこそ実現した成果です。
福田氏 MobaDASについては、社内外ともに展開されるスピードが非常に速く、私自身も全国の自治体へ一気に発信していく組織力の強さに驚かされています。コアとなる評価システムは藻場だけでなく、別の対象にも応用できる汎用性を持っています。今後もさまざまな分野に応用できる余地がありますし、会社としても継続的に取り組める雰囲気が整っていてやりやすい環境です。これからもお客様のニーズを聞きながら、開発を進めていきます。
堀江氏 将来的にはMobaDASを藻場だけに特化した仕組みにとどめず、水域全体を扱う「総合的な情報集約システム」へと発展させたいですね。藻場以外の生物や水環境の情報もまとめて扱えるようになれば利便性は高まりますし、サービスの幅も広がるはずです。