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衛星データで波の高さを予測、航海延期によるコスト削減とGHG排出減を両立

「エネルギーマネジメント基盤構築」1位受賞者に聞く

NEDOは2025年1月23日、「NEDO懸賞金活用型プログラム」の第1弾となる「衛星データを活用したソリューション開発/NEDO Challenge, Satellite Data for Green Earth」のコンテストを開催しました。グリーン分野における社会課題解決による新産業や新規ビジネスの創出を目指し、衛星データ等を活用することで、より効果的に課題の解決を実現する優れたシステムの提案を募集。コンテスト上位者に懸賞金を交付する取り組みです。本事業で設けた3つのテーマのうちの一つ「エネルギーマネジメント基盤構築」のコンテストで「波高(はこう)マップ」を提案し、1位を受賞した富士通株式会社のAI戦略・ビジネス開発本部 VP, エグゼクティブディレクター 土井悠哉氏に話を聞きました。

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富士通の土井悠哉氏

航海が1日延びると燃費コスト約1000万円増、GHG約3000トン排出

――今回受賞された波高(はこう)マップとは、どのような提案なのですか。
土井氏 大型外航船を運航する海運事業者向けに、衛星データを用いて波の高さを予測し、最適な航路を提案する運航ナビゲーションAIです。海上では波が高くなると、本来3日で到着できる航路が5日、6日と延びることが珍しくありません。そして航海が1日延びるだけで燃費コストが約1000万円かかり、GHG(温室効果ガス)が約3000トン排出されると言われています。そのため半日でも航行時間を短縮できれば大きな利益につながり、走行距離が減ればGHG排出の削減にも直結します。そうした背景から、「波の高さをきちんと予測し、より最適な航路を提案できる仕組みを作れないか」との発想でプロジェクトを立ち上げました。

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波高マップのシステム構成とビジネスモデル

 ――NEDO懸賞金活用型プログラムの応募動機を教えてください。
土井氏 私は懸賞金活用型プログラムの前身となる「NEDO Supply Chain Data Challenge」で優勝したのですが、その際に特別審査員だった毛利衛さんや、メンタリングプログラムで講演された日本郵船の鈴木英樹執行役(現在はMTI社長)のお話がきっかけになりました。とくに印象的だったのが、鈴木さんが語った「衛星データで波の高さを予測できるなら年間10億円でも払う」との言葉です。この言葉が強く心に残り、本気で向き合おうと考えました。

構想自体は前からあり、実際にチャレンジしていたものの、当時は技術的にうまく行きませんでした。その後、AIの進化や衛星データの分解能、取得頻度の向上などタイミングが合い、「今ならいける」と判断しました。

実は今回の提案を出す前に鈴木さんのところへ伺い、「このテーマで挑戦します」と事前に宣言したんです。すると「頑張れ」と力強く背中を押してくださいました。毛利さんも「技術が進めば、海を捉えることにも大きな夢があるよね」とお話しされていて、可能性を強く感じました。こうした経緯もあって、私自身はお2人から“授けていただいた”テーマだと思っています。

――土井さんが考える懸賞金活用型プログラムならではの特徴はどんなところでしょうか。
土井氏 社会や国のために長期のスパンで考えて取り組める点がこのプログラムの良さです。社内のリソースもしっかり動かせますし、賞をいただくことで声をかけてくださる方も増え、ビジネス面でも助かっています。それに最高1000万円の賞金がつくとなると、やはり周囲の空気が一気に変わります。「これはただごとじゃない」というムードが芽生え、プロジェクト全体の熱量もぐっと高まりました。

我々はIT部門の方々にはすぐお会いできます。しかし宇宙飛行士の方や、鈴木さんのように元船長として現場の価値を語れる方となると簡単には会えません。現場を深く知る人の視点は貴重で、普段の業務ではなかなか体験できないものでした。

海外人材も巻き込み社内のドリームチームを結成

――どのような流れで開発チームを集めたのですか?
土井氏 私は社内における「Global Fujitsu Distinguished Engineer」(卓越した技術力を有するエンジニア)の選定審査員を務めており、データやAI活用の分野に限って言えば、世界中にいる本当に優れたエンジニアの力量を把握しています。ですから今回のテーマでは適任者にすぐに見当がつきました。さらに今回はアメリカの研究所で波や自然現象のモデル化を専門にしているメンバーにも参加してもらえたことが大きな支えになりました。結果として部署の枠を越え、日本法人だけでなく海外法人からも適材が集まる横断的なチーム編成になっています。

――開発の期間や取り組みに込めた想いは。 
土井氏 本業の傍らで進めていたため、短期集中というよりは月に1〜2回のチェックポイントを設けながらじっくりと取り組みました。同時に、先を見据えた取り組みとして量子コンピュータも視野に入れています。現在、当社の主要拠点である「Fujitsu Technology Park」に「量子棟」を整備しており、この領域での研究開発も本格化してきました。実は“波の高さ”の予測は量子計算と非常に相性が良いテーマで、従来の気象モデルをはるかに超える膨大な計算を継続的に行う必要があるからです。その意味でも、本テーマは富士通ならではの挑戦につながると感じています。

宇宙や海といった領域は、量子コンピュータ時代に向けて今のうちから取り組んでおく価値が大きい。スパコンではどうしても突破できない壁があり、量子だからこそ到達できる計算領域が確実にあるのです。最近は不確実性の高いテーマの事業立ち上げを任されることが多く、「そのうち量子の波が必ず来る」と思いながら動いています。

――どんな点で苦労しましたか。
土井氏 太平洋の真ん中は衛星画像の取得枚数が少ないのです。そこで今回は東京からシンガポールへの航路を題材に、フィリピン周辺の陸で海が映っているデータを活用しました。海運事業者に伺っても、あのエリアは座礁リスクや法的制約が多く扱いが難しい場所だそうです。ですからこの航路で精度を出せれば、どこにでも応用できるはずだと考えました。

一方で、今回の取り組みでは造船会社にもご協力いただき、船の馬力、波や風の向き、どの条件ならどれだけ速度が出るのかといった実データをお借りしました。航路を提示するナビアプリに仕上げたかったので、衛星データだけではなく現場の詳細なデータが欠かせなかったという背景があります。

現場の“リアル”を反映し、受賞後もブラッシュアップが続く

――受賞後の反響は。
土井氏 以前からやり取りしてきた事業者とは、そのまま継続して取り組んでいます。加えて、海洋土木の企業からもお声がけをいただくようになりました。風力発電の建設工事は熟練した作業員を長期間確保しつつ、波が低いタイミングだけ一気に作業して、波が高い日は待機になるシビアな現場です。工期計画において波の高さの予測はまさに生命線で、その点に強く関心を持っていただきました。

ただし順調に進んでいるように見えて、実際には課題が多く残っています。発表後にお客様や船長の方々に集まっていただいて議論したのですが、改善点が次々に挙がり、実運用レベルの完成形にはまだ距離があると痛感しています。だからこそ、お客様と一緒にすり合わせながら仕上げていく必要がありますし、細かな部分のブラッシュアップや微調整も重ねていかなければなりません。さらに衛星データ自体がまだ十分ではなく、技術や環境が追いつくのを待つ側面もあります。

――具体的にはどんな課題が見えてきましたか。
土井氏 波高マップは、一般的な粒度が10kmメッシュに対し1kmと粒度が細かく、航路検索はアジア全域であればパソコンで15分程度で生成できます。データ量をかなり減らして解析できるよう工夫していたのですが、後からお客様に伺うと「1km単位なんて細かすぎる」と言われました。こちらとしては粒度を細かくして精度を上げることが正しいと思っていたのですが、現場ではそこまでの細かさは不要で、むしろ判断を迷わせるだけだと。現場の感覚を理解することで、どの程度の粒度が最適なのか、少しずつ見えてくるのだと実感しました。

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航路検索のシミュレーションのイメージ

また実際に船長の方々とお話しして分かったのは、「1時間後の波の高さ」を知っても、もう航路は変えられないということです。ですので、細かい頻度で予測を更新しても、そのつどコースを変えるような運用にはならないんですね。とはいえ一航路で1日ずれるだけで1000万円の損失が生じる以上、6時間前や12時間前といった単位で意思決定できる情報は重要になります。航路ごとに迂回のパターンも異なりますし、最終的には船長の判断に委ねられます。そうした現場ならではの感覚を直接伺えたことは収穫でした。

この領域は本当に奥が深い。5人ほどの船長を集めてヒアリングしましたが、皆さん話すことが違うんです。意思決定は常に1人で行っているらしく、情報交換はするものの同じデータを見ながら議論する機会はほとんどないそうです。ただ、プロの方々でもデータによって新しい視界が開けることに価値を感じていただけました。実際、船舶業界でもこれから自動運転のレベルを段階的に引き上げていく計画が各所から出ています。その際に重要になるのは共通の見解基盤を作ることです。そう考えると、この技術が貢献できる余地は大きいと思います。

――今後の展望について教えてください。
土井氏 実際の現場で実証しながら磨いていくフェーズに入ってきたと捉えています。事業者も状況を理解してくださっていて、「こういう進め方なんだな」という課題感も共有できています。船中ではネットワークがつながりにくい、衛星データをどう受け取るか、そもそもの衛星通信をどうするかなどの現実的な課題はまだまだ多いものの、それでも船は日々動いていますし、「まずは一度やってみよう」という前向きな空気があります。

今はデモ段階なので、沿岸部の衛星データは取得できているものの、まだ枚数が少ない状況です。今後衛星データが増えていけば確実に大きな価値につながります。2026年には実際に動かしてみたいと思っていますし、最終的にはやってみないとわからない世界なので、まずは現場で試していく形になると考えています。

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