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「MOFは早すぎた」、その時の支援はノーベル賞の原点

【スペシャル対談】ノーベル化学賞受賞 北川進氏×NEDO理事長 斎藤保

2025年のノーベル化学賞を受賞した、京都大学理事・副学長、高等研究院アイセムス特別教授の北川 進氏。「多孔性金属錯体(Metal-Organic Frameworks、MOF)」を開発し、材料科学に新たな分野を確立したことが評価されました。NEDOは、2009年度から2013年度にかけて実施した「グリーン・サステイナブルケミカルプロセス基盤技術開発/副生ガス高効率分離・精製プロセス基盤技術開発」の一環で北川氏の研究を支援したほか、現在では2022年度から実施している「グリーンイノベーション基金事業/CO2の分離回収等技術開発」の一環で、北川氏の研究を支援しています。今回、北川氏とNEDO理事長の斎藤保が対談し、研究開発と社会実装の今後の展望について語り合いました。

北川進氏(左)と斎藤理事長(右)

北川進氏(左)と斎藤理事長(右)

「知的好奇心が原動力」
今後はさまざまな分野の研究者を巻き込む

斎藤 このたびはノーベル化学賞の受賞、心よりお祝い申し上げます。まずは、ノーベル賞を受賞されての率直な感想をお聞かせいただけますか。

北川 私たちが取り組んできた多孔性材料の分野が世界的に認められたことは、とても励みになります。これまでとは違う使い方も含め、新しいアイデアが出てくるのではないかと楽しみにしているところです。

斎藤 先生は「MOF」を開発し、材料科学に新たな分野を確立されました。ここに至るまでにはさまざまなご苦労があったと思います。どのように乗り越えてこられたのか、印象的なエピソードがあればぜひ教えてください。

北川 基本的に固体は密に詰まっているのが常識です。ですから、あえて「穴の開いた固体」をつくるという発想自体が挑戦でした。ただし前例がないわけではなく、活性炭やゼオライトのような先行材料があります。これらを踏まえて考えると、石の家もあれば木の家もあり、紙の家もあるというように、材料の世界も多様に広がっていくものだと捉えています。

まったく新しい概念でしたから、専門の研究者に理解してもらうまでにはかなり苦労しました。ただ、特定の気体や液体を出し入れしても問題ないことを示せたことで、半信半疑だった人たちも徐々に取り組み始めたのです。それによって、この分野は広がってきました。

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最初に取り組んだ私たちは大変でしたが、新しい材料に挑戦しているという実感があり、その過程自体が面白かった。知的好奇心が原動力になって、「もういいや」とはならずに続けてこられたというのが実感です。

斎藤 「知的好奇心が原動力」というのは、北川先生らしい言葉ですね。

北川 ルイ・パスツールの「幸運は用意された心にのみ宿る(Chance favors the prepared mind)」という言葉があります。私はこのメッセージに加え、大学時代に湯川秀樹先生の著書を通じて出会った荘子の「無用の用」に強く感銘を受けました。何もないものこそが役に立つとの考え方です。

私たちは「無用の用」を信じて研究を進めてきました。すでにあるものの性能を高める「有用の用」とは違い、ゼロから新しいものを生み出すのが大学の研究です。さらに京都大学には「好きにやらせる」独特の雰囲気があって、その自由な環境に支えられてここまで来ることができました。

斎藤 受賞対象となったMOFは、CO2の分離・回収など、エネルギー・地球環境問題の解決への貢献が見込まれています。この分野における社会実装の状況をどのように見ていますか。

北川 今でこそかなり進んできましたが、15年ほど前は本当に大変でした。先ほども話したように大学の研究は誰もできない新しいものを生み出すことが目的なので、量は必要ありません。1gもあれば十分です。

ところが産業化や社会実装となると話は別で、どうしても量が求められます。企業の方が来られて「500g、1kg作ってほしい」と言われると大学では対応できず、お断りするしかなかった。そこに大きな溝があったわけです。

ただ10年ほど前からスタートアップが出てきて、スケールアップを担うようになりました。論文のレシピを改良して大量かつ安価につくる動きが広がっています。とはいえ大量生産できたとしても、PSA(圧力スイング吸着)によるCO2分離のような既存技術をそのまま置き換えるものではありません。活性炭やゼオライトと異なり装置やプロセスの改良が必須であり、莫大な初期投資が求められます。

私たちの材料が出た当初もマッチングを試みましたが、安全性の確認や装置の適合といった課題があってすぐには進みませんでした。ハードルはかなり下がってきていますが、ここで気を緩めず引き続き努力していく姿勢が大切です。

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北川氏が研究を進める場所である京都大学 物質-細胞統合システム拠点(WPI-iCeMS=アイセムス)。MOFによるさまざまなガスの分離・回収を実験できるように、ガスを送る複数のパイプが上部に配置されている

斎藤 ほかにも、ドラッグデリバリーシステムを含む創薬など多様な分野への応用が期待されています。MOF技術の可能性についての展望をお聞かせいただけますでしょうか。

北川 MOFの材料は基本的に粉ですが、小麦粉のような状態なのでそのままでは使えません。使うにはペレット化が必要で、添加剤を加えます。そうすると、ほかの材料との組み合わせによって新しい機能が生まれることになります。

センサーであれば特定の物質だけを選んで捉える力、いわゆる選択性やキャプチャー性能を発揮できますし、医薬分野では薬を包み込んで体内に届けるような使い方も考えられます。しかし体内での活用にはまだ課題があります。仮に銅と有機分子でできたMOFに薬を入れて患部に届けたとき、副作用が出たらどうするのか。それを避けるために、カルシウムと糖で構成したフレームワークであれば体内で分解・代謝されるのではないか――こうした代替案を常に検討しなくてはなりません。ポテンシャルは十分にあるものの、MOF自体の改良は依然として必要です。

そのうえで、社会実装を広げていくにはハイブリッド化が不可欠になります。MOFとほかの材料を組み合わせたときに、どのように接合し、どんな規則性を持つのか。そこを解き明かす研究が今後のポイントです。

これらの複合的な活用を私は「第4世代」と呼んでいて、ハイブリッド材料として展開していくことが鍵を握ります。今後はさまざまな分野の研究者を巻き込みながら、この領域を広げていくことが重要になってきます。

MOF材料が入った瓶を手にしながら語り合う北川氏と斎藤理事長

MOF材料が入った瓶を手にしながら語り合う北川氏と斎藤理事長

「早すぎた技術」へのNEDOの積極支援に感謝
スタートアップが中心となり社会実装へとシフト

斎藤 NEDOとしては、2009年度から2013年度に「グリーン・サステイナブルケミカルプロセス基盤技術開発/副生ガス高効率分離・精製プロセス基盤技術開発」の一環、2022年度から2024年度には「ムーンショット型研究開発事業」の一環で北川先生の研究を支援させていただきました。先生の研究を進めるうえで、どのような役割を果たしましたか。

北川 当時を振り返ると、MOFは早すぎました。十分に浸透しておらず、広く取り組もうというフェーズでもなく、規制も多かったので、すぐに成果が見える状況ではありませんでした。その中でNEDOに支援していただいたことは非常にありがたかったですし、あの経験は研究者のマインドにも確実に影響を与えました。

事実、共同研究をしていた樋口雅一さん(アイセムス特定拠点准教授)はスタートアップを立ち上げて、年産数十トン規模までスケールアップしています。支援を受けたことで彼自身が「世の中で見える形にしたい」という意識を強く持つようになり、社会実装へとシフトしたのだと思います。

斎藤 現在は2022年度から実施している「グリーンイノベーション基金事業/CO2の分離回収等技術開発」の一環で、北川先生の研究を支援させていただいています。この事業への期待をお聞かせいただけますでしょうか。

北川 今勃発している中東の石油問題のように、エネルギーの供給が止まれば日本の産業そのものが揺らぐリスクがあります。だからこそ日本は、どこにでもある資源を使う技術を育てるべきであり、その代表格が空気です。CO2をうまく回収して変換までつなげられれば、グリーンイノベーションは現実になる可能性を秘めています。

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CO2は悪者のように扱われがちですが、酸素や水素と同じで本来は資源です。実際、空気から水を取り出す技術もありますし、空気という普遍的な対象を軸にすれば持続的な技術につながります。

ただし、これは5年で完結する話ではありません。基礎科学は時間が本質であり、少なくとも20年スパンで見ていくべきものですから。私の研究もパイロット段階までは来ていますが、コストという壁が残っている。ここを乗り越えて成果が見え始めれば、さらに多くのプレーヤーが参入してくるはずです。

斎藤 NEDOでは2014年から研究開発型スタートアップ支援を強化し、近年はディープテック分野も含めて、予算を拡大してきています。その一環として2017年度および2022年度に北川先生が科学顧問として参画されている株式会社Atomisの事業「次世代高圧ガスボンベの開発」「次世代高圧ガス容器γ版の開発」を、そして現在はAtomis社が取り組む「革新的MOF吸着剤を用いた、製造プロセスからのCO2分離・回収システム」の研究開発を支援させていただいています。北川先生がスタートアップに関わられたのは、どのようなきっかけでしょうか。

北川 最大の理由は、共同研究者の樋口さんがスタートアップを立ち上げたことです。ただし報酬には一切関わらず、あくまで技術だけに関与しています。報酬が絡むと実用面の責任まで背負うことになり、それでは本来のスタンスが崩れるからです。基礎的に解決できない課題があれば一度立ち戻って自分でやり直す。一方で改良レベルの相談はいつでも受ける、そういう距離感で関わっています。今後も同じスタンスであれば、別のスタートアップとの連携もあり得ると思っています。

斎藤 NEDOは海外実証も支援させていただいていますが、先生はMOFの技術でインドネシアでの実証を進めています。海外展開の狙いは何でしょうか。

北川 インドネシアは天然ガスが豊富にあるのにパイプラインなどの設備が不十分で、燃料を輸入に頼るアンバランスな状態となっています。そのため運びやすく貯蔵もしやすく、すぐに使えるガス輸送システムができれば大きく貢献できると考えました。

左がAtomis社の創業者である樋口雅一氏。中央にあるのが、高圧ガス流通の運搬・コスト面における課題解決のために同社らが開発した次世代高圧ガス容器「CubiTan」。ガス吸着剤としてMOFを内蔵しており圧力を上げることなくガスを貯蔵できる

左がAtomis社の創業者である樋口雅一氏。中央にあるのが、高圧ガス流通の運搬・コスト面における課題解決のために同社らが開発した次世代高圧ガス容器「CubiTan」。ガス吸着剤としてMOFを内蔵しており圧力を上げることなくガスを貯蔵できる

日本もインフラは整っているようで都市部はパイプラインに依存している背景もあり、事故や災害時には一気に止まる脆さを抱えています。そのときは結局「運ぶ」しかない。だから軽くて扱いやすい技術がバックアップとして重要です。つまり、インドネシアで確立した技術を生かしていくことも想定されます。

斎藤 研究開発には金銭的支援だけでなく、非金銭的支援も必要だと思います。NEDOもプロジェクトマネジメント機関として、事業化や実用化に向けた伴走支援の強化を目指したいと考えています。このようなアプローチに対して、先生のご意見を伺えますか。

北川 私の専門である材料分野でも、企業にとっては規制の壁が非常に大きいと感じています。最終段階の規制だけでなく、そこに至る開発プロセスの段階でも制約が多く、実験すら自由にできない。その結果、最初から厳格なシステムを整えないと進められず、初期投資が膨らんでしまいます。

対して海外ではより柔軟に実験や開発が進められるため、競争で後れを取ることが続いています。そうした状況を踏まえると、NEDOのように国と連携する組織には、規制面でもう少し踏み込んだ対応を期待したい。規制の一部緩和や特区の設置など実証を後押しするスキームがあれば、資金面でも効率的に開発を進められるのではないでしょうか。

研究者たちにはネバーギブアップの精神で
実用化の壁を乗り越えてほしい

斎藤 貴重なご意見ありがとうございます。NEDOは大企業だけでなく、大学やスタートアップの支援も行っています。北川先生と同じように研究に携わる方々にメッセージをいただけますでしょうか。

北川 実用化には大きな壁がありますが、やはりネバーギブアップの精神で取り組んでほしいですね。その中で本質的な問題が出てきた場合には、我々がサイエンスの立場から一緒に考えていく。そうした連携がうまく回ることが大事です。実際、企業の若い研究者が「こんな課題がある」と相談に来ることがあり、それがヒントになって研究が進んだ例もあります。ただ、会社に戻ると止まってしまうことも少なくありません。だからこそ、困りごとがあればいつでも相談できる関係でありたいと考えています。

斎藤 先生の研究について、今後どのような展望をお持ちか、お聞かせいただけますでしょうか。

北川 毎年、年初に実現できないであろうリストを作成していて、それができたら、出来たリストに移すという事を行っている。サイエンスとしては、研究室でこのような「普通は無理だろう」「できたらすごい」というテーマにあえて取り組んでいます。例えば細胞では、膜を挟んで化学種の濃度差がある場合、通常は濃度の高い側から低い側へと物質が移動します。しかし、細胞には、この流れに逆らい、低い濃度から高い濃度へと物質を運ぶ機能(能動輸送)が備わっています。このような現象に着想を得て、MOFを用いて細胞膜のような能動輸送が実現できれば大きなブレークスルーにつながると考えています。MOFはある目的に応じてデザインできる化学ですのでこのような挑戦ができるわけです。

実装の観点では、CO2の固定と活用が重要です。例えばトレーラーサイズの装置にキャプチャーから濃縮までを組み込み、その場で水素と組み合わせてエネルギーを生み出す。原料はどこにでもあるので、ローカルで小さな地域でも自立的にエネルギーを賄える。そうした仕組みが実現できれば面白いと思っています。

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京都大学理事・副学長、高等研究院アイセムス特別教授 北川進(きたがわ・すすむ) 1979年に京都大学 大学院工学研究科 博士課程を修了。京都大学 大学院工学研究科 教授、京都大学 高等研究院 物質-細胞統合システム拠点(WPI-iCeMS=アイセムス) 拠点長などを経て、2024年から京都大学 理事・副学長。

NEDO理事長 斎藤保(さいとう・たもつ) 1975年に東京大学工学部を卒業後、石川島播磨重工業株式会社に入社。株式会社IHIの代表取締役社長や代表取締役会長を歴任。2023年4月から現職。

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