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起業することで研究を継続できた、基礎研究と社会実装の両輪で科学技術は前に進む

【スペシャル対談】ノーベル生理学・医学賞受賞 坂口志文氏×NEDO理事長 斎藤保

2025年のノーベル生理学・医学賞を受賞した、大阪大学特別栄誉教授・免疫学フロンティア研究センター特任教授(常勤)の坂口志文氏。免疫反応を抑えるブレーキ役となる「制御性T細胞」の発見と、その役割の解明により、がんなどの病気の新たな治療法の開発に道を開きました。NEDOは、2017年に「研究開発型ベンチャー支援事業」で坂口氏が創業に関わったレグセル株式会社を支援するなどしてきました。今回、坂口氏とNEDO理事長の斎藤保が対談し、基礎研究と社会実装について語り合いました。

坂口志文氏(左)と斎藤理事長(右)

坂口志文氏(左)と斎藤理事長(右)

大学や研究所には多くのシーズがあるが
時間や資金の制約で社会実装は簡単ではない

斎藤 このたびはノーベル生理学・医学賞の受賞、心よりお祝い申し上げます。まずは、ノーベル賞を受賞されての率直な感想をお聞かせいただけますか。NEDOは研究成果の社会実装を支援する機関ですので、技術シーズをもとにスタートアップを立ち上げ社会実装を進められた坂口先生の受賞を、大変嬉しく思っています。

坂口 この賞は、人の健康や疾病の予防、治療にどれだけ貢献できるかが問われるものです。今回の受賞を通じて、私たちの研究が実際の病気の克服にどこまで寄与できるのか、大きな期待が寄せられていると感じています。その期待に応えるためにも、これからさらに努力を重ね、研究を前に進めていきたいと考えております。

斎藤 先生は1979年に制御性T細胞の研究を開始し、1995年に制御性T細胞の存在とその重要性を世界で初めて証明されました。今日に至るまでさまざまなご苦労があったと思いますが、困難をどのように乗り越えてきたのかを伺えますでしょうか。

坂口 もともと私は免疫に関心があり、中でも「免疫寛容」というテーマに惹かれてきました。免疫系はウイルスや細菌には反応する一方で、自分自身には反応しない“陰と陽”のようなメカニズムを持っています。しかし、なぜ反応しないのかは長く分かっていませんでした。そこで私は「免疫とは柔軟で動的な制御の仕組みではないか」といったイメージを持ちながら研究を続けてきました。

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その結果1995年に初めて分子マーカーを発見し、この分子こそが制御性T細胞であることを示しました。2003年には自己免疫疾患やアレルギー、炎症性腸炎が起こる原因遺伝子の「Foxp3」が発見され、制御性T細胞の役割が人の病気と明確につながったのです。そこから20年以上に渡って分子レベルの解明や人の病気への応用が世界的に進んだ成果が、今回ノーベル賞として認められたのだと思います。

斎藤 NEDOとしては、2006年から2009年に「新機能抗体創製技術開発」で坂口先生が当時在籍されていた京都大学を、2017年に「研究開発型ベンチャー支援事業」で坂口先生が創業に関わられたレグセル社を支援させていただきました。社会実装に関してNEDOが果たした役割に関して先生はどのようにお考えになっていますか。

坂口 基礎研究を続ける中で、「もう少し工夫すれば面白い応用につながるのでは」と思うことがよくあります。ただ、アカデミアは論文を出すことが基本ですから、興味があってもなかなか手を出せないのが実情です。そのような中で声をかけていただいて挑戦する機会を得られたのは、私たちにとって有意義な経験でした。大学や研究所には多くのシーズがありますが、時間や資金の制約で社会実装は簡単ではありません。これまで本当にお世話になってきましたし、これからも関わっていければと思っています。

斎藤 ありがとうございます。NEDOは2014年から研究開発型スタートアップ支援を強化し、近年はディープテック分野も含めて予算を拡大してきています。坂口先生がスタートアップの起業に関わられたのは、どのようなきっかけでしょうか。

坂口 私たちが取り組んできた研究は、もともと医療に非常に近いものでした。人の免疫に関わる病気をどうコントロールするかという点は、最初から意識していたことです。基礎研究だけでなく、欧米のように応用研究を進めたい気持ちはありましたが、当時はなかなか手を出すことができませんでした。

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細胞を高速で計測・解析する装置「フローサイトメーター」のモニターを見ながら説明する坂口氏

これは制度的な問題が大きかったと思います。大学で研究を続けながら応用に踏み出すのは日本では難しく、研究時間をそちらに使ってよいのか、といった議論もまだ根強くあります。そうした事情もあって定年を迎えてからスタートアップを始めたわけですが、「まずは自分たちでやってみよう」というのが一つの動機でした。

もう一つは、研究そのものを続けたかったという思いです。年齢を重ねると、研究資金の獲得が次第に難しくなってくるのが現実です。ならば社会実装と基礎研究の両方を視野に入れ、実装に必要な基礎的な研究を続けていこうと考えました。起業することで研究を継続しながら社会にも貢献できるからです。

スタートアップが死の谷を乗り越えるための伴走支援

斎藤 レグセル社の存在が先生の研究に与えている影響があれば教えていただけますか。

坂口 医学と医療は常に結びついていて、「ベンチからベッドサイドへ、そしてベッドサイドからベンチへ」とよく言われます。例えるならサトウキビから黒砂糖を作る研究と、さらに精製して白砂糖にする研究のようなものです。後者のほうが見た目はきれいで、最初のサトウキビから黒砂糖を作る過程はとても泥臭い。ただし、ノーベル賞で評価されるのはたいてい最初の部分です。

とはいえ、どちらも欠かせません。医学で見つかった基礎的な知見を医療に応用し、医療の現場からは「もっとこうしてほしい」「もっと使いやすくしてほしい」といった要望が返ってくる。そうした行き来があって初めて研究は広がり、深まっていく。どちらか片方だけでは、研究は先細りしてしまいます。

やはり社会のニーズがあってこそ、基礎研究も前に進むのです。歴史を振り返ると、私たちが取り組んできた免疫の研究も、「戦争で火傷を負った兵士に皮膚を移植した際に拒絶が起こる。ではどうすれば拒絶を防げるのか」という切実なニーズから始まっています。実際の課題が研究を生み、その成果が評価されてノーベル賞につながった例もあります。少なくとも私は、医学・医療の分野では基礎から応用、応用から基礎へという両方向の研究が重要だと捉えています。

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坂口氏が研究を進める拠点である大阪大学の免疫学フロンティア研究センター

斎藤 NEDOは大規模なプロジェクトやスタートアップ支援に加えて、2023年度から「懸賞金活用型プログラム」を開始しました。この懸賞金プログラムは、技術課題や社会課題の解決に向けて多様なシーズ・ソリューションを「コンテスト形式」で募るものです。またシンポジウムや勉強会、ネットワーキングを目的としたイベントも開催しています。このような支援についてどのように感じられますか。

坂口 日本の基礎研究は危機的な状況にあると言われています。ですから国への支援要請と同時に、研究者自身がもっと積極的になることも大切です。基礎研究を社会にどう活かせるかを考え、若い人も含めて失敗を恐れず挑戦できる。そのための支援体制が整うことはありがたい限りです。特にアメリカを見ていますと、若い研究者でも気軽にチャレンジできる仕組みが整っています。平日は研究をして、週末に別の挑戦をしてみる、そんな姿勢が自然に受け入れられている。懸賞金制度をはじめ、さまざまな支援や資金的なサポートがあれば、失敗を恐れずに若い人がどんどん挑戦できます。日本もぜひ、そういう方向に進んでほしいと考えています。

斎藤 NEDOもプロジェクトマネジメント機関として、事業化や実用化に向けた伴走支援の強化を目指したいと考えています。このような組織に対して、先生のご意見を伺えますでしょうか。

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スタートアップへの支援のあり方について談笑する坂口氏と斎藤理事長

坂口 日本でもスタートアップに挑戦しやすい雰囲気が整ってきたとは思いますが、やはり欧米と比べるとアクティブとは言えません。先ほども触れましたが、研究者側の意識の問題もありますし、制度や仕組みの問題も大きい。例えばスタートアップがある程度成長して上場したとしても、上場後に新たな投資が入らず、うまくいかずに行き詰まってしまうことが少なくありません。

日本ではスタートアップの初期段階を支援する仕組みはありますし、その先でビッグファーマが関心を持って買収するケースもあります。ただ、その間の成長期が非常に苦しい。これから日本のスタートアップがしっかり育っていくためには、初期でも最終段階でもない、その中間フェーズを支える仕組みが不可欠だと最近強く感じています。そういう意味でも、NEDOのような組織が死の谷を乗り越えられるような伴走支援を強化すべきと考えます。

根気強く続ければ面白いアイデアが生まれ
運も必ず巡ってくる

斎藤 先生の研究について、今後どのような展望をお持ちかをお聞かせいただけますでしょうか。

坂口 現実の問題としては、がんなどを免疫の力でどこまで治療できるのかという点に行き着きます。モノクローナル抗体を用いた抗体医薬は社会的にも大きな関心を集めており、さらに最近ではリンパ球そのものを使う細胞療法が実医療に入り始めるなど、免疫研究の成果が具体的な治療へと広がってきました。

次に重要になるのは、やはり予防です。現在は進行がんに対して抗体医薬を使うのが一般的ですが、がんが見つかった時点で少し免疫を高めておくことで、将来的な転移を抑えられる可能性があります。がんで亡くなる方の約9割は転移が原因ですから、進行してからの治療ではなく、がんが見つかった早い段階から始められる免疫療法が鍵を握ります。

ただし予防段階で、いきなり高価な抗体医薬品を使うわけにはいきません。そう考えると、例えば飲み薬のように安全に使えて、少し免疫反応を高められるような治療が求められます。もしそれによって将来の転移の可能性が9割から5割に下げられれば、4割の方を救えることになる。中間的な段階の免疫介入がこれからますます重要になってきます。

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これは、がんだけでなく自己免疫疾患やアレルギー疾患などにも当てはまります。今は病気になってから治療するのが中心ですが、実際には発症しやすい人はある程度分かっています。そうした人に対して、少しだけ免疫系を調整してあげるのです。花粉症であれば毎年症状が出る前に、免疫反応をわずかに抑える介入を行うことで症状を防げる可能性があります。リンパ球は生きた細胞ですから、その調整が次の年にも効いて、花粉症にならずに済むかもしれない。これまでとは少し発想の違う医療を、これから作っていかねばならないと考えています。

斎藤 NEDOは大企業だけでなく、大学やスタートアップ、起業家の支援も行っています。坂口先生と同じように研究に携わる方々にメッセージをいただけますでしょうか。

坂口 若い人には、ぜひ元気に研究に取り組んでほしい。そのうえで、ほんの少し欲を出して前向きな気分になり、「これもやってみようか」と一歩踏み出すことが大切だと思います。もう一つは、長期的な視野を持つことです。研究は短期間で簡単に成果が出るものではありません。じっくり構えて続けていく中で、ふと良いアイデアが浮かんでくる。何事にも時間がかかるという覚悟を持ちながら、前向きに取り組んでほしいですね。根気強く続けていけば自然と面白いアイデアが浮かんできますし、運も必ず巡ってくるものです。

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大阪大学特別栄誉教授・免疫学フロンティア研究センター特任教授(常勤) 坂口志文(さかぐち・しもん) 1976年に京都大学医学部医学科を卒業。京都大学再生医科学研究所長などを経て2011年大阪大学免疫学フロンティア研究センター教授、2025年から現職。2016年に制御性T細胞を利用した自己免疫疾患等の治療薬の開発を目指すスタートアップのレグセル株式会社を設立。

NEDO理事長 斎藤保(さいとう・たもつ) 1975年に東京大学工学部を卒業後、石川島播磨重工業株式会社に入社。株式会社IHIの代表取締役社長や代表取締役会長を歴任。2023年4月から現職。

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